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私のソウルメイト(21)

月曜日は、BT商事に出かけたが、先週のような楽しい気持ちにはなれなかった。先週まではあんなにロビンに会えることを期待していたのに、今日は会いたくないという思いが強くなり、会社に向かう足取りも重かった。コンピュータの前に座り、翻訳を始めても、頭の片隅の嫉妬の炎を追い払うことはむずかしかった。その心の痛みを軽減するために自分に言い聞かせていた。
「あの人と私とは何も関係ないのだから、あの人に奥さんがいても私の知ったことではないわ」
そう思うと同時に「もし私があの人を本当に愛しているのなら、あの人の幸せを願うべきであって、あの人が孤独ではないことをむしろ喜ぶべきことなんだわ。それが本当の愛というものよ」
その二つの理屈をこじつけて私は自分の嫉妬心と戦っていた。またダイアナのことも頭痛の種だった。
仕事は思うようにはかどらなかった。1時の休憩の時間になるとほっとして、会社を抜け出し、近くのお店でサンドイッチとコーヒーを買ってBTの建物の中に入ろうとしたとき、向こうからやってくるロビンを目にしたときは、思わずアッと声を上げ、どこか隠れるところがないかと一瞬周りを見たが、隠れられるようなところはなかった。ロビンは私に気づいたようで、私の方に、微笑を浮かべてまっすぐ近づいてきた。
「やあ、久しぶりだね。元気だった?」
私は、冷静を装うので必死だった。そのため、声は冷たくなってしまった。
「ええ」
「最近、うちの会社でパートで働いているんだってね」
「ええ」
「いや、君が優秀だから、君をスカウトするように人事課に言っておいたんだよ」と冗談とも本気とも思えないように笑った。
「そうですか」
私は、何の感情も表さないように、必死だった。
ロビンは、私のこの態度に少しとまどったようだった。
「それじゃあ、仕事がんばってね」と、不思議そうな顔をして、歩き去った。
彼の後姿を見送って、しまったと後悔の念にさいなまされ始めた。めったに会えるチャンスがないのに、このチャンスを逃してしまった。私の冷たい態度に、ロビンは不思議そうだったが、これで愛想を着かされたかも知らないと思うと、「ばかばかばか」と言いながら、両手をこぶしにして自分の頭を殴っていた。
昼からの仕事も、はかどらなかった。少し仕事が軌道に乗ったかなと思うと、さっきのロビンとの出会いを心の中のビデオで何度も巻き戻してみては、後悔をしていた。もし巻き戻しができるのなら、もう少し素直に嬉しい思いを伝えられたのにと。ロビンの不思議そうな顔を思い出すたびに、自分の馬鹿さ加減を呪っていた。
翌日の日は会社がない日だったので、ドクター・マクナマラに電話して、予約を取り付けた。来週の金曜日の午後2時に会うことになった。その後、京子に会いに、京子のアパートに行った。
京子に招き入れられて、部屋に入ると、家具が全部揃っていて、随分豪華な感じになっていた。一緒に見て回って買った花柄模様にソファーに座ると、すわり心地がよかった。京子はロイヤルアルバートの真っ赤なバラの花模様で金で縁どられた『カウントリー・ローズ』と呼ばれる模様の入ったコーヒーカップにコーヒーを入れて持ってきた。
「家具が揃うと、やっぱりいいわねえ」
「そう、一国一城の主になった気分よ」
「ところで、ドクターに来週の金曜日の午後2時にいく事になったわ」
「うまくいけばいいわね。中には全然催眠にかからない人もいるそうだから」
「そうね。ところで、先週の金曜日、結婚記念日でペティシューに行ったんだけど、そこでロビンを見かけたわ」
「へえー。そうなの」
「あの人、独身かと思ったら、奥さんいたわよ」
「それじゃあ、もとこの恋も一巻の終わりね」
「そんなに、ちゃかさないでよ。それに、今までずうっと会えなかったのに、昨日も彼にばったりあったのよ」
「それで、奥さんのこと何か言ってた?」
「それが、もう奥さんに対して嫉妬心が沸いてきて、彼を見たら本当に憎らしくなって、ついつい冷たい態度をとってしまったの。その後、自己嫌悪に陥っているのよ」
「全くあなたって、純情なのね。もっと恋の駆け引きをしなくちゃ」
「自分でも、なんでこんな融通の利かない性格なのかしらと、恨めしくなるわ。久しぶりに彼を見た瞬間、私の細胞の一つ一つが喜びの声を上げているって思ったわ。それくらい嬉しかったのに、その気持ちを伝えられなくて」
「相手も貴方も既婚者なんだから、それくらいにしていたほうがいいわよ。あんまり深入りすると、どちらも傷つくに決まっているもの」
「そうね。私の理性はそういっているの。でも、私の心は彼を欲している。私の心はいつも揺れているの。だから、この気持ちに早く決着をつけたいのよ」
「それで、退行催眠で、貴方たちがソウルメイトだと分かったら、どうするつもり?」
「それは、そうと分かったときに、どうするか考えることにするわ」

著作権所有者:久保田満里子


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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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