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私のソウルメイト(30)

その晩は、野菜のピザを料理の本を見て作ったら、ダイアナだけでなくアーロンにも好評で、普通おいしいともなんとも言わないアーロンも「おいしい」と言って食べてくれた。
 ダイアナはウエートレスのバイトを見つけたと言って、張り切っていた。
「日本料理の店で、マスターも他のウエートレスも日本人だから、日本語の勉強にもなるし」
「それは一石二鳥でよかったわね。いつから始めるの?」
「今週の土曜日から。毎週金曜日と土曜日の夜に働くことにしたわ」
「いくらもらえるの?」
「一時間13ドルだって。それに食事つきだそうだから」
「それはよかったね。じゃあ、今週の土曜日から、週末は夕食作らなくてもいいのね」
「そう」
 ところが、その土曜日の夜、アーロンは早めに床に着き、私が一人でテレビを見ていると、十一時過ぎにダイアナはプンプンしながらアルバイトから帰ってきた。
「どうしたのよ」と聞く私に、
「食事はくれたんだけど、今は見習いだから給料は出さないって言うのよ。一ヶ月もただ働きさせるつもりだったのよ。だからマスターと喧嘩になって、やめちゃったわ」
「ただ働きはひどいわね」
「そうよ。もうむしゃくしゃして今夜眠れそうもないわ」と言うと、受話器をとって、エミリーに電話した。ダイアナがエミリーと話し始めると1時間以上はかかるのを知っていた私は、ダイアナを居間に残して寝室に引き上げた。
 私がベッドルームに行くと、アーロンはいびきをかいて寝ていた。
 その週の月曜日も水曜日も、ロビンに会えたらいいなと思いながら、私は会社に出かけたが、会えなかった。そして、また待ちに待った金曜日が来た。京子とはずっと会っていなかったが、退行催眠のセッションの後、報告がてらに会いに行くつもりだった。
 3度目にもなると、クリニックに行っても緊張しなかった。そのせいか、催眠の状態に入っていくのが段々早くなっていくように思われた。
「さあ、貴方の本を手に取って、ページをめくってください」と言うマクナマラ先生の言葉で、今度は少し前のほうのページを開いた。
「さあ、あなたの足元を見てください。あなたはどんな履物を履いていますか?」
「わらじです。どうやらここは日本のようです」
「いつの時代か分かりますか?」
頭の中に1732と言う数字が浮かんできた。
「江戸時代で、1732年です」
「あなたは何をしていますか」
「20人ばかりの男ばかりの百姓が掘っ立て小屋のようなところに集まって、深刻そうな話をしています。私はそのリーダー格のようです」
「ということは、あなたは男なのですか?」
「そうです。他の人から庄屋さまと呼ばれています。名前は、ええと、作衛門と言います。この小屋に集まっている人たちは皆痩せこけています。この年はイナゴが異常発生して稲を食べられ、米の収穫が極端に減り、自分たちが食べる米にも事欠く始末で、お上に年貢が払えない状態なのです。それで庄屋が直訴をするかどうかの相談のようです。ああ、その話し合いの場にいる百姓の一人は京子さんです。盛んに色々な意見を出しているところは、今の京子さんとちっとも変わっていません。勿論ここでは男で、みすぼらしい百姓の服装をしていますが。その頃は徳川吉宗の享保の改革で、大名たちは1万石に対して100石を幕府に差し出す上米の制がしかれ、年貢の取立てが前にも増して厳しくなっていたのです。私たち百姓が取れる手段といえば直訴だけなのです。しかし直訴をしても願いが聞き入れられる保証もなく、直訴をしたものは死罪と決まっていたのです。この日は結論も出ず、散会になり、足取りも重く私はうちに帰りました。帰ると妻が迎えに出ましたが、この人も、どこかで見たことのあるような人です。ああ、ロビンです。私はロビンと結婚していたのです。それから夕飯になり、家族全員が囲炉裏の周りに集まりました。集まった家族を見ると、隠居をした父親もいます。この人もどこかで見たことがあるようです。ああ、分かりました。アーロンです。母親はすでに亡くなっています。そして15歳の男の子を頭に、12歳、9歳、7歳、3歳と5人子供がいます。本当はロビン、いえ、このときはお久と呼ぶ妻との間には8人子供が生まれたのですが、3人は1歳にも満たないうちに、病気で亡くしてしまいました。晩御飯に出されたものは、粟のおかゆと菜っ葉の汁です。貧しいご飯とはいえ、晩御飯が食べられるだけでも他の水呑み百姓と言われる人たちに比べてマシでした。囲炉裏の火で照り出された家族のどの顔も暗い表情でした。7歳のお初と3歳になる敏坊と呼ばれる下の子達は、何が起きているのか理解しているはずもありませんが、大人の深刻そうな表情に何かを感じ取っていたのでしょう。皆黙々と食べ、聞こえるのは囲炉裏の木が燃えるパチパチと言う音と、おかゆをすする音だけです。

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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