私のソウルメイト(42)
更新日: 2012-07-15
私は、うちに帰っても、リズという女性のことが頭を離れなかった。私がロビンに夢中になっている間に、アーロンも浮気をしていたなんて、気づかなかった。アーロンと私は、どんどん違う道を歩み始めたような不安な気持ちが横切ったが、私はそれを打ち消そうとしていた。ロビンが全く私のことを何とも思っていなかったことを知った今、アーロンを手放したくはなくなっていた。私は自分の身勝手さは分かっていたが、私はアーロンのように、実質的に彼を裏切ったことはないのだから、アーロンとは違うと思った。このまま黙っていれば、アーロンは彼女のことは浮気として片付けるに違いないと思いつつも、一抹の不安は隠しきれなかった。ダイアナは私のそうした不安は、アーロンの病状を心配しているためだと受け止めているようで、私の憂鬱そうな顔を見ても、敢えて理由を聞かなかった。翌朝、ダイアナと一緒に病院に行くと、朝アーロンが集中治療室から普通の病室に移されたと聞き、ダイアナも私も安堵の胸を撫で下ろした。
病室は、個室をあてがわれた。これは、個人的に健康保険に加入していたおかげである。政府が無償で提供する医療のメディケアでは、緊急を要しない手術では何年も待たされることがあると聞いている。アーロンの病室に入っていくと、アーロンは目を開けていた。そして、ダイアナと私の顔を見ると、わずかに微笑んだ。
「パパ、びっくりさせないでよ。もう、パパが死んじゃったらどうしようかと思って昨日は泣いちゃったわ」
ダイアナはアーロンのほほにキスをしながら言った。
「それは、悪かったね。そう簡単にはパパは死なないよ」
アーロンは、苦笑いをしながら言った。
私もアーロンの傍らに行き、口に軽いキスをして、
「でも、集中治療室から出られて、よかったわ。昨日は口も聞けない状態だったから、心配で眠れなかったわ」
と言うと、
「このまま手術のあと順調にいけば、一ヶ月すれば復職できると先生がおっしゃったよ」と答えた。
ベッドの傍のテーブルには、バスケットに入った大きな花束が飾られていた。カードには、「快癒祈る KK商事職員一同」と書かれていた。早くもアーロンの会社の人たちが送ってくれたものだった。きっとリズが手配したのだろう。
私たちはそれからしばらくとめどもない話をして、病人を疲れさせないため病室を引き上げた。その間、アーロンの口からリズという言葉は一言も聴かれなかった。
その日の昼過ぎ、ダイアナが出かけた後、京子がうちを訪ねてきた。京子は、エミリーからアーロンのことを聞いたらしい。
「アーロンが倒れたって聞いて、びっくりしたわ。アーロンの容態は、どうなの? 手術をしたって聞いたけど、今まだ疲れているだろうから、お見舞いに行かないほうがいいかなと思って、まだ病院に行っていないんだけど」
「一時、どうなるかと思ったんだけど、割合早く集中治療室を出れて、安心したわ。このまま順調にいけば、一ヶ月で職場復帰ができるってことだわ」
「それは、よかったわ」
京子の緊張した顔がほぐれた。
「アーロンの病気のほうの心配はなくなったんだけど、おとといアーロンが倒れたとき、実は彼、会社の部下と一緒だったのよ」
「どういうこと?」
「あの日、アーロン、私にはシドニー出張だってでかけたんだけど、実はメルボルンで浮気していたってことよ」
「え?アーロンのようなくそ真面目な人が、浮気ですって? 信じられないわ。どうして浮気していたと分かるの?」
「病院に付き添って行ったのが、その相手の女性だったのよ」
「じゃあ、その人に会ったの?どんな人?」
「30代くらいの結構魅力的な女性だったわ」
「今、30代の独身女性があぶれているって、先日新聞に書いてあったわよ」
「ね、くそ真面目な人の浮気って本気になりやすいっていうじゃない。私、何だか悪い予感がするのよ」
「でも、あなたはロビンに惹かれているんだから、お互いに別れて好きな人と一緒になったらいいんだから、めでたし、めでたしじゃないの?」
「とんでもないわ。ロビンからやっぱり私には興味がないって言われたのよ」私は、ロビンと別れたときのことを思い出すと、目に涙が溢れ出して、どうしようもなくなった。
「そうだったの」
京子は、そういって、私の肩を抱いてくれた。
私はしばらく嗚咽した。ロビンのこと、アーロンのこと。全てがうまくいかなくなっていた。しばらく泣くと、気持ちが落ち着いてきた。そして、ケビンのことを思い出した。
「ケビンのことをすっかり忘れてしまっていたわ。ごめんなさいね。探偵所から報告が来た?」
私は気を取り直して聞いた。
著作権所有者:久保田満里子
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