Logo for novels

私のソウルメイト(43)

「ケビンのこと、心配してくれてありがとう。でも、あなたがケビンのことどころではないのが分かるから、心配しないで。これは私の問題だから、何とか自分で解決するわ」
「ありがとう。でも、私も気になるから、報告書が来たら、私にもしらせてよね」
「そう言ってくれると嬉しいわ。報告書が来たら、また相談にのってよね。ねえ、私のアパートに行かない? ちょっと二人で飲んで憂さ晴らしをしましょうよ」
「そうね。そうしよう」
その晩、私たちは京子のアパートでしたたか飲んだ。京子と一緒に飲んだと言っても、京子は京子でケビンの話をし、それが終わると、私がリズの話をし、きっと第三者が私たちの会話を聞いたら、互いが自分勝手なことを言っているだけにみえただろう。私はお酒の力を借りて、今の悩みを解消しようとしたが、アーロンとロビンの顔がかわるがわるちらついて、結局は悪酔いをしただけだった。 
 翌日、アーロンの下着の着替えを持って病院に行った。アーロンの病室のドアを開けると、アーロンは電話中であったが、私の顔を見て、あわてて電話を切った。私は何となく電話の相手はリズのように思われた。だから敢えて誰に電話をしていたか、聞かなかった。
「具合はどう?」
「まだ胸のところが痛いよ」
「それはそうね。大手術だったんだもの。痛むのが当たり前よ。もう朝ごはんは食べたの?」
「うん。でも、病院の食事ってまずいな」
「それは、脂肪はだめとか塩分はだめとか、食事制限されているからじゃないの?私がお産で入院したときは、いろんなメニューから自分の好きなものを選べて、結構おいしかったわよ」
「食事制限か。そういえば医者からこれからずっと食事制限をしていかなければいけないと言われたよ」
「退院後は、食事制限と適度の運動をするように、ハーマン先生はおっしゃっていたわ。ね、今度二人で毎朝散歩しましょうよ。散歩って体にいいみたいだから」
「そうだな」
その日もリズのことは一言も話さずに、病院から帰った。いつアーロンがリズのことを口にするか、私は恐れていた。
 月曜日は、結局会社を休んだ。アーロンの病気のためというのが表立った理由だが、ロビンに会いたくないこと、そしてケビンのことが気にかかったからだ。
 いつものように朝は病院に行き、その日の午後、京子のアパートに行った。
京子のアパートでは京子が待ち構えていて、私がソファーに座るやいなや、
「これ、探偵所からの報告書よ」と言って、茶色のA4の封筒を、私の方に差しだした。
封筒の中には20ページにも渡る報告書が入っていた。何しろ英語で書かれた報告書である。読むだけでも時間がかかりそうだった。
「これ、読むの大変そうだから、簡単にまとめて話してくれない?」
と、言うと
「結局は銀行に勤めているのは本当で、結構いい収入をもらっているのだけれど、カジノで賭け事に凝ってしまって、随分借金をかかえているみたいね。だから、私を脅して、その借金の返済に充てようと思っているようね。借金の額が10万ドルというのだから、ちょうど要求してきた額と同じだわ」
「それじゃあ、なお更、お金を渡しちゃだめよ。賭け事に狂っている人は、これからもどんどん借金を作るに決まっているから、そのたびごとに脅迫されていては、たまんないわよ」
「もう一つ面白いことが分かったの。銀行で来週監査があるんだって。今週の水曜日までに金をよこせって言うのは何かその監査と関係があるんじゃないかって、報告書に書いてあったわ」
「ということは、銀行のお金を使い込んで、監査の前に帳尻を合わせておこうっていうことかしら?」
「そうだと思うんだけど、探偵所では、銀行の内部のことまでは調べられないから分からないということだったわ」
「それじゃあ、ケビンにかまをかけてみてはどう?こちらは、あんたが銀行のお金に手をつけているのを知っているのよ。それを、警察に訴えられたくなかったら、脅迫するのはやめなさいとか言って」
「でも、それじゃあ、銀行のお金を使い込んだという証拠があるのか、聞いてきたら、どうする?」
「そうね。そういうことってありうるわね」
「私がケビンだったら、そう言うわね」
私は、しばらくない知恵をふり絞って、次のように京子に提案してみた。
「あなたが、ケビンにそう言って、ケビンがどう出るか分からないけれど、二人の会話を録音したらどう?ケビンに、そんなことはないとすぐに否定されたら、どうしようもないけれど、証拠を見せろなんて言ったら、自分の罪を認めたことになるんじゃない?だから、その会話を使って、こちらの防御にでることができると思うんだけど」
「それは、面白いわね。だって、私の罪は、犯罪じゃないけれど、彼の方は、犯罪者になるかどうかっていうところだから、彼のほうが弱い立場になるわね」
「そうよ。前に、テレビの報道番組で、小さなビデオカメラがついているかばんを使って、ひどい業者との会話を録画をして、後でその業者をつるし上げていたけれど、ああいうスパイの七つ道具のようなかばんを使えばいいんじゃない?」
「それは、いい考えだわ」
「でも、それは10万ドル渡してからのことになると思うけど…」
「10万ドルぐらい、いい勉強になったと思えばいいわ」
「お金の引渡しは、どうすることになっているの?」
「水曜日の朝、引渡しの場所は携帯にメールを送るって言っているわ。お金は現金でって言うことだったわ」
「現金で10万ドルと言うと、すぐにはそろえられないと思うけど、もう準備はしてあるの?」
「まだよ」
「じゃあ、準備しなくっちゃ」
そこで、私達は小さなビデオカメラのついたかばんを買いにでかけ、銀行で10万ドル引き下ろし、水曜日のお金の引渡しの準備をした。
忙しい一日を終えて、その日はぐったり疲れて、アーロンやロビンのことも考えないで済み、久しぶりに熟睡できた。

著作権所有者:久保田満里子

コメント

関連記事

最新記事

カレンダー

<  2024-04  >
  01 02 03 04 05 06
07 08 09 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        

プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

記事一覧

マイカテゴリー