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ヒーラー(10)

カレン達に押しかけられて一週間後、私の恐れていた番組が放映された。

「癌患者の弱みに付け込むインチキ祈祷師」と題されていた。

カレンがマイクロフォン片手にテレビの前に現れ

「私たちは祈祷で癌細胞を消すことができるといううわさの、ようこ・ウォーカーを取材しました。祈祷をするきっかけになったのは、夫のジョン・ウォーカーさんが胃癌と宣告され、ジョンさんを治したい一心で、祈祷をしたことだそうです」

そうすると、ジョンが映し出され、ジョンが自分の癌細胞が消えていて驚いたと話している姿が流された。

「これが、彼女が癌患者に対する祈祷をしている場面です」と言って、私がアンディの肺の上に手を当てて、アンディのベッドの側にうずくまり、一心不乱に祈っている姿が映し出された。

「この祈祷には癌センターのテッド・オースチン医師に立ち会ってもらいました」と言うと、オースチン医師に対するインタビューに代わった。

「オースチン先生、祈祷に立ち会っていただきましたが、いかがでしたか?」

カレンの質問に対してオースチン医師は、「これを見てください」と言って、肺がうつっているレントゲン写真を見せた。「ここが白くなっていますね。ここが癌細胞に冒されているところですが、この患者の場合、右の肺の3分の2がやられているのがわかります。そして、これが祈祷の終わった後のレントゲン写真です」と言ってもう一枚のレントゲン写真を見せた。「ご覧の通り、祈祷の前も後も全く変わっていません。祈祷で癌が治せるなんてことはないんですよ」と結論付けた。その後を受けてカレンが勝ち誇ったように「皆さん、祈祷で癌の治療ができるというのを信じてはいけません。なんら科学的根拠もないのです。癌を完治させるといって、一時間で千ドルもとっているようこ・ウォーカーはわらをもつかみたいという癌患者の弱みに付け入って暴利をむさぼるペテン祈祷師といわざるをえません」と締めくくって、番組は終わった。

覚悟はしていたが、見た後私は怒りと悲しみのドン底に突き落とされた。私が暴利をむさぼるペテン祈祷師だって?私は患者に一度だって千ドルを要求したことはない。口コミで来る人たちは、最初にジェーンが千ドルを払ったことから、いつの間にか千ドルが相場になってしまっていたのだ。それをいかにも私が言い出したかのように言うカレンに対して今まで感じたことのないような憤りがフツフツと湧き起こってきた。自分に一言の弁明の機会も与えられなかったのも悔しかった。こんな番組が流された以上、もうこれから祈祷を依頼してくる人なんていないだろう。怒りと悲しみの混じった気持ちで、無言のままソファーに座っていると、電話が鳴った。出ると、ジェーンだった。「今テレビで見ましたが、洋子さんをペテン祈祷師なんて、ひどいことを言うものですね。私は本当に洋子さんに感謝しているのですから、あんなテレビ番組なんか気にしないで、これからも癌患者さんを助けてあげてくださいね」と言ってくれた。私は自分に感謝をしてくれている人がいるんだと思うとありがたく、目が潤った。「ありがとうございます」と言う私の声は涙でかすれていた。電話を切った後、少し気が晴れてきた。そして、また電話が鳴った。最近治療をしたスージーだった。「洋子さん、今テレビを見ましたが、あれはひどいですね。あんなことを言われて、黙っている手はありませんよ。名誉毀損でテレビ局を訴えたほうがいいですよ。もし裁判になったら、喜んで証人になりますから、知らせてください」と言ってくれた。患者さんたちの励ましの電話で段々元気がでてきた。また電話が鳴った。テレビの威力と言うのはすごいなと感心しながら、受話器をとった。出ると知らない男の声が聞こえてきた。

「おい、お前、癌患者をペテンにかけて金儲けしているんだってな。そういう人の弱みに付け込んで金儲けをする人間はゆるせねえ。今にどうなるか、覚えていろ!」と怒鳴ると、がちゃんと電話が切れた。

元気を取り返し始めていた心が、いやがらせの電話によっていっぺんに萎えてしまった。

それから、何回か電話が鳴ったが、もう受話器をとる気もせずに、留守番電話が回るままにしておいた。元患者で励ましの電話もあったが、30秒沈黙したままガチャンと腹立たしげ気に切れた電話もあった。

その日を境に、私は留守番電話で電話の相手を確かめて、電話に出るようになった。そして、祈祷の予約をしていた人からのキャンセルが増え、依頼はぱったりと途絶えた。一度などは買い物に行っている間、家の窓にいくつも生卵が投げつけられていたこともあった。私に対するいやがらせとしか思えなかった。その卵を取り除くために窓を拭いていると、なぜ私がこんな目に遭わなくてはいけないかと思うと、ぽろぽろと悔し涙がこぼれた。

祈祷の依頼もなくなった私は、また掃除婦に戻ることにした。ローカルのコミュニティーの新聞に100ドル出して、3行の広告を出した。「信頼できる掃除婦をお探しの方、お電話ください。ようこ 電話番号 04132887」

その広告の効果があって、掃除の依頼が10件来て、私はまたお金持ちの家の掃除をし始めた。一ヶ月も経つと、癌患者のために祈祷をしたのが、まるで、遠い昔のように思えた。

掃除婦の仕事を再開して二ヶ月経った頃、留守番電話に知らない男の声が入っていた。祈祷の依頼だった。驚いて、折り返し電話すると、少し訛りのある英語が聞こえてきた。電話だけでは、どこの国の人か分からない。

「祈祷のお願いをしたいのですが」

「実は、もう祈祷はしていないんですよ。ご存じないのかもしれませんが、こちらのテレビ局でインチキだと報道されて、それ以来祈祷をする意欲を失ってしまったのですよ」

私は率直に言った。

「私もあの番組は見ましたが、あなたは不当に扱われていると思いましたよ」

そんなに思ってくれる人もいたのかと思うと、目頭が熱くなった。

「ありがとうございます。でも、もう私の祈祷の効果なんて期待できませんよ」

「私はキム・ミョンヒの知り合いなのですが、ミョンヒから、あなたが彼女の肺がんを治したと聞きました。私は病気に掛かったときのミョンヒも知っているので、あなたの祈祷の効力を信じていますよ」

それを聞いてミョンヒの美しい顔をを思い出した。

「それでは、患者さんを明日にでも連れてきてください。治るかどうか分かりませんが、私なりに全力を尽くしてみます」

「連れて行きたいのはやまやまなんですが、実は直して欲しいのは私のおじで、おじは外国に住んでいるんです」

「外国?それじゃあ、無理ですね」

電話を切ろうとすると、相手は慌てて言った。

「ちょっと、待ってください。おじは難病を患っていて、色んな医者に掛かったのですが、どの医者ももう末期ですと言って、取り合ってくれないのです。もう医者にさじを投げられた状態なので、洋子さんに頼むのは、最後の手段なのです。どうか、おじを見捨てないで、治してやってください。渡航に掛かる費用は勿論のこと、その上に一万ドル謝礼金を差し上げます」

「でも…」躊躇する私に、

「ともかく今から伺いますので、よろしくお願いします」ととりすがるように言うと、こちらが返事をする前に電話を切った。

強引な人もいるものだと思ったが、それだけ頼られているのかと思うと悪い気はしなかった。悪い気がしなかったどころか、この2ヶ月の間、誹謗を浴びせられていた身にはこの依頼は嬉しくもあった。

著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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