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ウルルの石 第一話 シェリー・イーストの話(完結)

「友達のところに泊めてもらったよ」
「友達って誰? PJのこと?」
ケリーは、一瞬ぎょっとしたような顔をしましたが、すぐに平静をよそおって、
「ロバートのところだよ」と言いました。

私はケリーに食い下がりました。
「PJ って誰のこと? 夕べあなたの居所を探そうと思って見つけた手帳に載っていたんだけど」
ケリーは観念したようにいいました。
「大学時代の友達だよ」
「最近よく会っているみたいだけど、どうして私に紹介してくれないの?」
困ったような顔をして、ケリーは返事につまりました。
「PJって女の人なの?」
ケリーは答えたものかどうか躊躇していましたが、やっと返事がもどってきました。
「そうだよ。それがどうしたんだ」
「私と離婚したいと言い出したのは、その人のため?」
ケリーは激しく首を横に振って
「彼女とは関係ないよ」と言いました。

でも、私にはそれが嘘だとすぐに分かりました。そして多分夕べは彼女のところに泊まったんだということも女の直感で分かりました。
その後は、ケリーも私も別々の部屋に引っ込んで、顔を合わせることを避けました。今ケリーを追い詰めるのは得策ではないと思ったからです。
その日の昼過ぎに、いつもはおなかを蹴っ飛ばす活発なおなかの子が全然動かなくなったことに気づきました。

「ケリー、赤ちゃんが動かなくなったわ。どうしよう。」居間でテレビを見ていたケリーに言うと、さすがにケリーも心配顔になって、すぐに病院に連れて行ってくれました。
おなかに聴診器を当てた医者が、「赤ちゃんの鼓動が聞こえませんね」と言った時は、顔から血の気が引いていくのが、自分でも分かりました。その後、いろんな検査にまわされ、検査の結果をケリーと一緒に聞きました。
「胎児の首にへその緒が巻き付いて、もう胎児は窒息死していますよ」
その言葉を聴いて、頭が真っ白になってしまいました。
「すぐに入院してください。死んだ胎児をいつまでもおなかの中にいれておくのは母体によくありません。陣痛促進剤で、人工的に陣痛を引き起こし、胎児を出しましょう」
二人きりになった時、私はヒステリックになって喚きました。
「あなたが殺したんだわ。きっとこの子はあなたに望まれていないことを知って、自分で首をしめて死んだんだわ」

私には、赤ちゃんが窒息死したのは、生まれてくることを望まれていないということを察知して自殺したように思えたからです。ケリーもさすがに罪の意識で胸がうずいたのでしょう。入院している間、ずっとつきそってくれ、私の体を気遣ってくれました。
悲しいお産でした。陣痛促進剤を注入している間、私は頭が朦朧としていました。普通胎児に対する影響を配慮して使われない鎮痛剤がたんまり使われたからです。陣痛が始まって胎児が出てくるのにはたいして時間がかかりませんでした。おなかから出てきた子は、男の子でした。そしてもう手の指もはっきりしていました。肌がピンク色で、血管が透き通って見えました。両の掌に乗った小さな赤ん坊を見て、私は泣きました。赤ん坊は病院で供養して流産や死産した赤ん坊のための共同墓地に入れるといわれました。その後入れられた産婦人科の病室は、赤ん坊の泣き声と大人の笑い声で溢れていました。同室の人たちが生まれたばかりの赤ん坊を抱いているのを目にしたり、面会に来た赤ん坊の父親と思われる人や親戚の人たちとの楽しい会話が聞こえたりするのは、私には特にこたえました。
ケリーが毎日病院に来てくれるので、また私たちは元に戻れるのではないかとかすかな期待を持ち始めました。ケリーは私が病院に入ってから一言も離婚の「り」の字も言わなくなりましたし。私はケリーと別れたくはなかったのです。

しかし、病院からうちに帰った私にケリーが言った言葉は「もう僕たちをつなぐものは何もなくなったね。別れよう」という言葉だったのです。
私は一晩中考えました。ケリーと別れたくない気持ちと、赤ん坊を殺したケリーを許せない気持ちとが波のうねりのように交互に押し寄せてきました。そして、よその女に心を移しているケリーを引き止めるの自信もなくなりました。色々な思いがありましたが、結局はたとえケリーを説得して結婚生活を続けても、もう何事もなかったように暮らしていけないと思い、離婚に同意しました。それからは財産分けのため家を売って、小さな貸しアパートに移りました。一人でアパートの狭い部屋にいると、悲しみで気が狂いそうでした。ひどいうつ病にかかったのです。それからは精神科医のくれる薬を飲んでなんとか毎日を過ごしているという日々が続きました。ケリーにはうちを出た後会っていませんが、風の便りに、ポーリン・ジャクソンという女性と同棲し始め、私たちの1年の別居生活が終わって離婚が正式に決まったところで、彼女と再婚するつもりのようだとききました。結局、私は仕事も夫も息子も家も、全部失ってしまったのです。

生きる気力も失いかけていたある日、気晴らしに出かけたロンドンにある有名な高級デパート、ハロッドの人ごみの中でばったりグレンに会いました。グレンは、オーストラリア一周のバスツアーの参加者の一人で、一緒にウルルに登った仲間の一人でした。グレンから当然のことのようにケリーのことを聞かれ、話すつもりがなかった不幸の連続を、ついついグレンにこぼしてしまいました。グレンはそれを黙って聞いていましたが、私の話を聞き終わると、「まさか、ウルルの石を拾って帰ったんじゃないだろうね」と言うのです。「何のこと?」といぶかしげに聞く私に、「ウルルの石を拾って帰った人には呪いがかかるっていわれているよ。もっともアボリジニの人は、そんな伝説はないと否定しているということだけど」グレンのその言葉は電撃のように私を打ちのめしました。悪夢のような1年を振り返って、私はこれはウルルの石の呪いだと確信したのです。

私がすぐに謝罪の手紙をしたためて、ウルルの石をウルルの管理事務所に送り返したのはいうまでもありません。
ウルルの石を返した後、どうなったかですって?見てください、このダイヤモンドの指輪。キラキラ光って、とてもきれいでしょ?夕べ、グレンからもらったんです。ええ、私達、ハロッドで出会った後つきあい始めて、きのう婚約したんです。そして、仕事もみつかり、来月からまた小学校で教えることになりました。今まで仕事をして結婚をすると言うのは当たり前のことのように思っていましたが、悲しい経験をした後では、こんな平凡なことがどんなに幸せなことかと身にしみて感じています。そうです。私は今とても幸せです。

次回 「ウルルの石 第二話 田中幸雄の話」にご期待ください。

著作権所有者・久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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