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ヒーラー(19)

ミョンヒと二人でソファーに並んで腰をかけたが、私はジョンのことが思い出され、突然ジョンの身が危ないのではないかと、不安に襲われた。
「ミョンヒ。夫のジョンと連絡を取りたいんだけど、だめかしら?」恐る恐る聞いた。
「やめたほうがいいわ。あなたの居場所がすぐに探知されてしまうわ」一瞥のもとに言われると、返す言葉もなかった。
ここの居場所だって、いつキム達に踏み込まれるか分からない。そう思うと、待っているのが苦痛で、イライラし始めた。それを見て、ミョンヒが私の気を紛らわせるようにと、キム・チュンサンの話を始めた。
「おじさまが突然脳梗塞で倒れられて、今北朝鮮は混乱しているの。おじさまが後継者を指名されていれば、問題も少ないのでしょうが、まだはっきりとして後継者はいないの。おじさまには4人のお子様がいて、長男のソジンさんはどちらかといえば、ミーハー的なところがあって、おじさまは、国家の統率者として、ふさわしくないと思われているようなの」
そういえば、私もキム・チュンサンの長男が東京で偽装パスポート所持で逮捕された事件を新聞で読んだことを思い出した。
「次男のミニョン様は、気のお優しい方なので、これまた一国を率いることは無理とおかんがえのようなのです」
「じゃあ、三男か四男が候補と言うわけ?」
「一番下のお子様は女なので、四男はいないのですが、三男のサンヒョクさんが一番おじさまに性格が似ているので、サンヒョクさんを後継者に指名したいようですが、何しろまだ25歳なので、おじさまは躊躇されているようです」
「そうなんですか」
「常時7人のかかりつけの医者がおじさま一家の健康管理をしているのですが、今度のような非常事態が起こると、フランスから専門医が呼ばれるのです。このたびは、その専門医からも手の打ちようがないと言われ、側近の者たちは心を痛めていたのです。そんなおり、私が洋子さんのことを兄に話したものですから、兄は最後の手段とばかりに洋子さんを拉致するようなことをしてしまったのでしょう。こんなことになるのなら、洋子さんのことを話さなければよかったのにと、悔やまれて仕方ありません。本当にすみませんでした」
ミョンヒはそう言うと、深く頭を下げた。ミョンヒにそうまで言われると、ミョンヒに対するわだかまりもスーッと消えてしまった。とにかく、今はミョンヒを頼る以外、生きるすべはなかった。
ミョンヒに「もういいのよ、気にしなくて」と言った。そうすると、ミョンヒは安堵したような顔になり、二人並んでソファーに腰掛けた。
ミョンヒは部屋にあるテレビをつけた。おりからニュースをやっているようで、いつかオーストラリアのテレビニュースでも紹介されたチマチョゴリを着て髪を後ろに束ねた女性のアナウンサーがいつものように怒りをぶつけるようにニュースを読み上げていた。どうしていつもあんなに怒った顔をしてニュースを読み上げるのか、奇妙に感じたものだが、韓国語のわからない私には字幕もないので何を言っているのかさっぱり分からなかった。しかし突然私の写真が画面に出てきた時には、心臓が止まるかと思うくらい気が動転してしまった。
「ミョンヒ、何て言っているの?」
見るとミョンヒの顔が蒼白になっていたが、目はそのまま画面に吸い付いたように離れず、私の質問もきこえないふうだった。
画面が変わって他のニュースに移ったときに初めてミョンヒは私の顔を見て、
「困ったことになったわ。あなたは指名手配されてしまったわ」
「と、いうことは、私はもうオーストラリアに帰れないということ?」と私は聞いた。このままジョンにも日本にいる両親にも会えないで、昔拉致された日本人と同様に、この地で朽ち果てるのかと想像すると、涙がぽろぽろこぼれてきた。その時誰かの足音が聞こえた。その足音が、我々の待ち望んでいる女性のものなのか、あるいはキムの部下のものなのか、どちらともとれず、ミョンヒと顔を見合わせた。涙はとまったものの緊張で胸が波打ち始めた。思わず立ち上がって、助けを求めるように、ミョンヒの手を強く握った。ミョンヒの手も汗でぬれていた。
著作権所有者 久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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