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ヒーラー(21)

もうこれ以上近づいたら、突き刺されてしまうと思ったときだった。突然後ろのほうで「バーン」と銃声のようなものが聞こえた。とたんにサックを突き刺していた音がやみ、その銃声のほうに向かって走っていく数人のドタバタと言う足音が聞こえた。荷台を検査していた兵士たちが、銃声のするほうに向かったのに違いない。それを機に、またトラックが動き始めた。「助かった」と思うと、気が抜けた。寒い季節なのにもかかわらず、汗で顔がびっしょりになっていた。
それからトラックがまた走り始めて1時間ぐらい経った所で、トラックが停まった。また検問にでもひっかかったのかと、どきりとしたが、ミョンヒの声が聞こえ、やっと目的地に着いたことを知った。運転手の男に運ばれて、私は建物の中に入ったようだった。床に下ろされサックの紐が解かれ、やっとサックから出て立ち上がった私は、ミョンヒの姿を見て、安心したと思うと、とたんにトイレに行きたくなって、ミョンヒにトイレの場所を聞いて、トイレに駆け込んだ。そんな私の姿がおかしかったのか、ミョンヒのクスクスという笑いが私の後から聞こえてきた。
トイレの外にはミョンヒが待っていた。
「検問に引っかかった時は、生きた心地がしなかったわ」と言うと
「私たち、あなたの乗せられたトラックのあとをつけていたんだけれど、私もあの時ばかりは、どうしていいか分からなかったわ。でも幸いなことにあの近くに拳銃気違いの従兄弟が住んでいたのを思いだして、いとこに電話して、銃を撃ってもらったのよ」
「その従兄弟の人、トラブルに巻き込まれなければいいけれど」私は心配になって言った。
「大丈夫よ。彼は軍の上層部の人間だから、とがめだてを受けることはないわ。それに私が暴漢に襲われたから、威嚇のために銃を撃ってって頼んだだけだから」
それでも浮かぬ顔をしている私にミョンヒはいたずらっ子のような笑いを顔に浮かべて、
「大丈夫よ。彼は昔から私が好きで、私の言うことなら何でも聞いてくれる人だから」と言った。
「ここは、どこ?」
「ここで、整形外科医のリー先生と会うことになっているんですよ」と言うと、廊下を私たちの方に向かってくる人影が見えた。光が逆光になっていて、顔は見えないが、ほっそりした男だということだけは分かった。
ミョンヒはその人影に向かって歩いていくと、
「リー先生。急にご無理なことをお願いして申し訳ありません」
「この人ですか、整形したいと言うのは?」と、リー先生とよばれた男は、
私の顔を品定めするように、観察する目を私に投げかけながら言った。
「そうなんです。それから、先生、この手術のことはくれぐれも口外しないで頂きたいのです。よろしくお願いします」
そう言うと、ミョンヒはリー医師に何やら分厚い封筒を手渡した。きっと現金なのだろう。こんなにまでしてかばってくれるミョンヒに心から感謝せずにはいられなかった。
「分かりました」と言うと、リー医師は封筒を当然のように、その封筒を受け取った。
「これから、うちのクリニックに来ていただかなくては、いけないんですが、事情が事情だけに、このままお連れすることもできないので、顔を包帯で巻こうかと思います。うちには顔の整形のために顔中を包帯で巻いた患者は珍しくないので、目立つこともないでしょう」
ミョンヒは感心したように
「それはいいですね。よろしくお願いします」ともう一度リー医師に頭を下げると、今度は私に向かって
「私はこれで。グッドラック!」と言った。
また見知らぬ男についていくことになった私は不安になって、ミョンヒに言った。
「また手術が終わった後、迎えに来てくれるんでしょ?」
「残念だけど、今日でもうお互いに会わないほうがいいと思うんです。私と一緒だと、せっかくあなたが顔かたちを変えても、危ないわ。だから、これからは野上を頼ってください」
「それじゃあ、もう、あなたとは会えないってこと?」不安で胸が押しつぶされそうになった。
「無事、オーストラリアに帰れるよう、祈っています」と言うと、ミョンヒは私の肩を抱きしめた。
「あなたも」と言うと、ミョンヒは
「私は大丈夫ですよ。血を分けた兄が、私に危害を加えるなんて考えられませんから」と弱弱しく微笑んだ。

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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