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ヒーラー(25)

 キムの部下たちに連れて行かれた一室は、警察の取調室のように、机と椅子だけが部屋の真ん中にあった。キムの部下の一人は部屋を出て行き、キムの痩せて背の高い部下と二人きりになり、椅子に座らせられた私はこれから起こることを想像すると、体がガタガタ震えた。キムの部下が「お前さん、手を焼かせるんじゃないよ」と言った。
「私をどうしようというの?」できるだけ強がって言ったつもりだが、声が震えていた。
「さあね。どんな殺され方をしたいんだ?射殺がいいかな。毒殺がいいかな。絞殺って言う手もあるな。どんな方法で死にたいんだ?最後の願いをかなえてやるよ」
捕まえた獲物をいたぶるのを楽しむように、ニヤニヤしながら言った。
「どうして私を殺す必要があるの?」
「まあ、冥土の土産に聞かせてやるよ。それは、わが国の首領の病状を知ったからだ。誰でもわが国の極秘情報を外国に流す奴は死刑になることになっている」
「私、情報を流したりしないわ」
そう言うと、部下の一人が皮肉な笑いを顔に浮かべた。
「そうかな。まあ、あんた自身はそう思っていても、外国の諜報機関があんたをほってはおかないよ。外国の諜報機関の奴らはわが国の情報を得ようと躍起になっているからな」
私はもう死を免れることはできないと思うと、体中に震えがきて、歯までカチカチ鳴り始めた。すると、ドアのノックの音が聞こえた。
「さあ、お迎えが来たようだ」と言いながら、キムの部下がドアを開けたが、そのとたん、何者かに顔を殴られたようで、後ろにひっくり返った。ひっくり転げたままキムの部下が腰に付けた銃を取ろうと思ったが、侵入者の方がすばやかった。侵入者の銃が撃たれた。拳銃には防音装置が取り付けられているのか、音はしなかった。キムの部下は撃たれた左胸を両手で押さえたが、その両手の間から血がドクドクト流れ落ち、キムの部下はそのまま声をあげることもなく動かなくなった。音もなくあっという間に起こった出来事は、まるで無声映画を見ているようだった。私は侵入者の顔を見たが、見知らぬ男だった。30代で鼻が高くハンサムだが目が鋭い。男は部屋の外に置いていたスーツケースを床に置き、私に、「早く!」と、スーツケースに入るように言った。男は何者か分からなかったが、私の味方であることだけは間違いない。私は言われるままに大きな布製のスーツケースに入ると、ふたがしめられ、私はスーツケースに閉じ込められた。そのスーツケースをトロリーに載せたようだ。がたがたスーツケースがゆれる。私は、丸くなって不自然な格好でスーツケースに入っているので、体中が痛くなり、息苦しくなってきた。この状態でどのくらいいなければいけないかと思うと、暗闇の中で、狭所恐怖症に陥り、発狂しそうになった。おまじないのように「もうすぐ出られる」と自分に言い聞かせていると、やっとトロリーがとまった。すぐに外に出してもらえると思うと、そのまま上に持ち上げられ、またどこかに置かれたようだ。そして、またスーツケースがゆれ始めた。そのゆれ方から、今度は車のトランクに入れられたことが分かった。
「出して!」と声をあげたが、誰にも聞こえないらしい。そのまま車は20分くらい走ったところで、とまった。トランクが開けられる音がして、スーツケースはまたもやトロリーに載せられた。どこに連れて行かれるのだろうかと危ぶんでいると、エレベーターに乗せられたようで、体が上昇しているのが感じられた。チンと音がしてエレベーターは止まり、トロリーはエレベーターからおろされ、ガタガタと音をさせながら動かされるとまた止まりドアを開ける音がして、トロリーは部屋の中に入れられた。部屋のドアが閉まる音がして、私の体はまたもや持ち上げられ、何かふわふわ柔らかいものの上に置かれた。スーツケースのジッパーが開けられ、そこで初めて私は外界を見ることができた。スーツケースはベッドの上に載せられていた。上を向くと、そこにはミョンヒの顔があった。驚きと懐かしさで、思わずミョンヒに抱きつくと、安心したためか、涙がぼたぼた落ちた。「ありがとう、ミョンヒ」とかすれた声で言った。

著作権所有者:久保田満里子
 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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