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ヒーラー(31) 

誰かに肩をゆすぶられ、目が覚めた。目の前には警官の装備をした30代のいかつい顔をした男が立っていた。

それを見て思わず「あっ!と声をあげた。北朝鮮の巡視船につかまったのだろうか?ヨンスはどうしているか見たが、ヨンスの姿は見えなかった。心臓は驚きで早鐘のように打っている。

「君の名前は?」日本語だった。そのときほど、日本語を聞いて嬉しいと思ったことはなかった。喜びで声がうわずった。

「ようこ・ウォーカーです」

「洋子・ウォーカー?何人だ?」

「日本人です」私は誇らしげに答えた。

「パスポートは?」

「パスポート?私はオーストラリアから拉致されたので、パスポートなんか持っていません」

「なに?拉致被害者だって?どうなっているんだ?この船は日本に向かって来たんだぞ」

「ええ、北朝鮮から脱出してきたんです」

「じゃあ、この船を操縦していた男とは、どういう関係だ?」

「彼は友達のおじさんです。彼は韓国に行きたがっていますから、韓国大使館に連れて行ってあげてください。それにメルボルンにいるオーストラリア人の夫が北朝鮮人の男たちに監禁されているんです。オーストラリアの警察に連絡してもらえないでしょうか?」私の矢継ぎ早の依頼に警官はとまどったように私の顔を見た。

「ともかく、上陸した後、詳しい話を聞くよ」

私はすっかり目が覚めて、無事に北朝鮮から脱出した興奮に浸った。

これから、両親と会って、ジョンを救出してもらって、そして私はまたオーストラリアに帰れる。やっと、私は自由になれたのだ。そう思うと、今までの緊張感が抜けていった。

それから間もなくして新潟に上陸したが、ヨンスはどこか別の場所に連れて行かれたらしく、顔を合わせることもなく、別れることになってしまった。

その翌日、警察から連絡を受けて両親が駆けつけてくれた。ところが感激の面会になることを期待していた私は、その期待を完全に裏切られてしまった。両親は私の顔を見るや否やぎょっとした顔をして言ったのだ。

「あなた、本当に洋子なの?」

母から気持ち悪そうな顔をしながら言われた時、逃亡することに必死で忘れてしまっていた自分の醜くなった顔のことを思い出した。

私は母の言葉にひどく傷つき、驚きと悲しさで胸が一杯になった。

「ママ、ひどいわ。脱走するために整形させられたのよ。そして整形が失敗してこんな顔にされてしまったのよ。でも私はあなたの娘の洋子よ」

私の抗議に母は、

「確かに、あなたはようこの声をしているわ。ごめんね。疑ったりして。でもどうしてそんなひどい顔にされてしまったの?かわいそうに」と言って、初めて私を抱きしめてくれた。そんな私たちを父はそばで黙ってみていた。

その晩両親の家に泊まったのだが、どうも落ち着かない。それは顔のせいだ。私は顔が変わったからと言って自分が変わったわけではないと思っているが、回りの人間はそうは思わないらしい。両親とも顔を見ないようにして話す。私は初めて、顔の大切さに気づいて愕然とした。ジョンなら、きっと今まで通り私を取り扱ってくれるだろう。上陸した後すぐにジョンと電話で話すことができたが、彼は涙声で私の無事を喜んでくれた。ジョンは結局キム達の部下にずっと監禁されていて、日本の警察から連絡を受けたオーストラリアの警察によって救出されたのだ。私はオーストラリアにすぐにでも帰りたかったのだが、何しろパスポートを持っていない。ジョンは私のパスポートを持ってすぐに日本に私を迎えに来てくれると言った。それまで実家にいることにしたのだが、両親から言い渡された。

「あまり、外に出ないでね」

すぐにはピンと来なかったが、近所の人にこの醜い顔を見られたら困るという意味合いをもっていることに後で気づいた。そんな両親の態度にむかっ腹が立ったが、世間体を大切にする日本では、仕方のないことかもしれないと、怒りを飲み込んだ。

家の中でも居心地が悪い思いをしていたので、ジョンが迎えに来る日を指折り数えて待っていた。

憂鬱な毎日だったが一つだけ嬉しいことがあった。野上のおじさんが無事韓国大使館に保護され、韓国に亡命することになったのだ。テレビのニュースでそのことを知り、よかったと胸を撫ぜ下ろした。

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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