ヒーラー(32)
更新日: 2014-04-06
12月20日、実に北朝鮮に連れて行かれて2ヶ月が経ったこの日の朝、ジョンが私の実家の玄関に立った。「ハロー」というジョンの声を聞いて玄関に飛び出た私は、嬉しさ一杯でジョンに飛びついた。しかし、ジョンは驚いたような顔をして、私を跳ね除けた。
ショックで立ちすくんだ私に向かって、ジョンは言った。
「君は誰?」
私は思わず言い返した。
「誰って、洋子よ。あなたは自分の妻さえ忘れてしまったの?」
そう言うと、涙がぽろぽろこぼれて私は自分の部屋に駆け込んだ。
騒動を聞きつけた母が玄関の所に出てきたようだ。ジョンと母の話し声が聞こえたが、何を言っているのか聞こえなかった。しばらくして、私の部屋を誰かがノックした。
「ジョンだよ。開けてくれ」とジョンの声が聞こえたが、私は涙にむせて、答えることも出来なかった。
私が開ける気がないのを知ったジョンは、
「開けるよ」と勝手に部屋に入ってきた。
そして泣いている私の肩を抱き寄せて、
「ごめんよ」と言って、抱きしめてキスしてくれた。
しばらくジョンに抱かれているうちに、段々気が落ち着いてきて、やっとジョンの顔をまともに見ることができた。それでなくても醜い顔が涙でグジャグジャになっていた。
「君が生きていてくれただけで、嬉しかったよ。でも、君の顔が余りにも変わってしまったので、分からなかったよ」
ジョンは、なだめすかすように言った。
その時、私はもう一度もとの顔を取り戻すために、整形手術をすることを決心した。
「元の顔を取り戻すために整形手術をもう一度しようと思うんだけど」と言うとジョンもにっこりして
「実は僕も手術をすすめるつもりだったんだよ。お母さんも、そうした方がいいと思っているということだったよ」
「自分では鏡を見ない限り、自分の顔が見えないから、人からまるで別人のように扱われるのに腹を立てていたけど、いつも私の顔を見なければいけないあなたのことを考えると、私、元の顔を取り戻したい」
オーストラリアに帰ると、手術後の世話を全面的にジョンに頼らなければいけなくなることを考えて、私は日本で手術を受けることにした。
母が色々な情報を集めて、名医として名高い整形外科医を探してくれた。それでも、リー医師のことを思い出して、手術の前は緊張した。母が選んでくれた高村外科医は、私の顔を色々な角度から写真をとってコンピューターに収め、どうすれば元のような顔になるかを計算して手術を始めた。リー医師とは大違いだった。近代的な設備の整った医院は、まるで高級ホテルのようだった。入院は一週間ですんだ。手術から一ヶ月たって包帯を取られる日、緊張した面持ちの母とジョンの見守る中、高村医師は、慣れた手つきで包帯を取っていった。包帯の中から現われた私の顔を見た母とジョンはほっとした顔をした。私はそっと顔を手でなぞってみた。手術は成功したようだ。高村医師から渡された鏡には、小さいながら大きさが同じ目、低いけれどまっすぐな鼻の昔の私の顔があった。平凡なつまらない顔だと思っていた顔が、世界で一つしかないいとおしい顔に思えて、私はにっこり笑って、「先生、ありがとうございました」と高村医師に向かってお辞儀をした。
またジョンとのよりが戻ったのだが、私は思う。顔じゃないよ心だよって言う人がいるが、そんなのは嘘だって。
オーストラリアに無事に戻った私はまたクリーニングレディとして働いている。ヒーラーだった日がもう遠い昔のことのように思える。キム・チュンサンは今も健在のようだ。私の祈りの効果があったのか、今は知るよしもない。時折ミョンヒや野上のことを思い出し、彼女たちの無事を祈り、また再会できる日が来ることを切に願っている。
完
参考文献
藤本健二 「核と女を愛した将軍様」小学館 2006年
リ・ハンヨン 「金正日に暗殺された私」廣済堂出版 2003年
江本勝 「水からの伝言。世界初!水の氷結結晶写真集(VOL2)波動教育社 2001年
著作権所有者:久保田満里子