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六度の隔たり(4)

~~ジーナは夏美の顔をまっすぐ見て言った。
「夏美さん。私は余り知り合いに、私が未だにベンのことを思っているなんて知られたくないのよ。だから、夏美さんに頼んでいるのよ」
「そうですか。じゃあ、まあ、いいです。それじゃあ、私が知り合いの人に頼んでみることにします」
「知り合いの人に頼むって、誰か心当たりがあるの?」
「ええ、まあ。お母さん、『六度の隔たり』って聞いたことありますか?」
「『六度の隔たり』?何のこと?」
「私もきのうテレビを見て初めて知ったことなんですが、直接知っている人を一度の隔たり、その知人の知人とは2度の隔たりと考えていけば、6度の隔たりを辿っていくと、結局世界中の人とつながっているということなんです。だから、それが本当なら、私の知人の知人の知人というふうに、辿っていけば、ベンさんにその手紙を届けられるのではないかと思うんです。もし、届かなかったら、結局お母さんとベンさんは縁がなかったということになると思うんです。どう思いますか?」
ジーナは夏美の奇抜なアイデアに口をあんぐりと開けた。そして、しばらく考えた後
「本当に、そんなことで、ベンがみつかるかしらねえ」と懐疑的に言った。
「お母さん、こんなことを言っては、お母さんの気持ちに水をさすようで悪いんですが、
先日読んだ新聞に載っていましたよ。探偵事務所に昔の恋人を探して欲しいという依頼がよくあるけれど、それで、ハッピーエンドに終わったことは少ないって。たいてい相手にはパートナーがいて、昔の恋人には関心が全然ないことが多いんだそうです。なかにはしつこくつきまとうと警察に訴えてやるといきまく人もいるそうですよ。だからたとえベンさんが見つかってお母さんのラブレターを渡したとしても、ベンさんが喜んでくれるという保証は全然ないんですよ。それでもお母さんは、ベンさんを探し出して、手紙を渡して欲しいんですか」
「勿論、ベンだって変わっているだろうし、彼が結婚していないなんて考えられないから、昔のよりをもどそうという気はないよ。ただ、私の気持ちを伝えたいだけ。私の手紙を読んで、会ってくれるって言うことになれば、嬉しいのはうれしいけれど、私も高望みしないわ。ともかくベンに私の気持ちを死ぬ前に伝えたいって思っているだけなの」
「そうですか。じゃあ、私、イギリスに知り合いがいるので、その人に頼んでみます」「そうしてくれると、うれしいわ」
70歳を前にしては肌もつやがあり若ぶりに見えるジーナだったが、それにしても、この時のジーナの目の輝きは、10代の恋する乙女と変わらなかった。
家に帰る道々、夏美は心の中で、高校時代にホームステイしたイギリスのマンチェスターのホストファミリーにあたってみようと考えていた。
夏美が高校時代ホームステイした家族は、40代の夫婦と15歳の女の子と12歳の男の子の4人家族だった。ホームステイしている時から、子供たちにはあまり親しみをもてなかったが、ホストマザーのローラーは気さくな人で、夏美の色々な悩みにを親身になって聞いてくれ、15年経った今でもクリスマスカードのやりとりをしている。ローラは夏美をホームステイさせる時まで日本人と接したことがなかったのだそうだ。だから、初めて出された夕食のことを思い出すと今でも笑えてくる。日本人は何でも箸で食べると信じ込んでいたローラは、シチューに箸をつけて出してくれたのだ。その家では誰も箸を使ったことがないようで、夏美のためにわざわざ特別に買ってきたようだった。しかしさすがに夏美にもシチューを箸では食べられない。
おそるおそる、つたない英語で
「すみません。スプーン、頂けませんか?」と言うと、ローラはびっくりした顔をして
「あら、日本人は何でも箸で食べるんじゃなかったの?」と言う。
どう答えたらいいかなと頭の中で英語の文を組み立てた後、「普通箸を使いますが、シチューやスープは箸ではいただけません」と一言一言区切りながら言って、スプーンをもらった。
イギリスでジーナの初恋の人探しを頼めるような知り合いといえば、ローラくらいしか思いつかなかった。
 

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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