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六度の隔たり(20)

~~ジーナは夏美と話した後、腹立たしい気持ちになっていた。夏美は気立ての良い人だが、自分のプライバシーに関することまで親のように干渉してくることは許せないと思った。
「私は、別にパートナーが欲しいから、ベンに連絡を取ったのじゃない。ベンに会いたかったから連絡を取ったのだ。それを、まるで私が男を欲しがっているように勝手に解釈して、余計なお世話だわ」と、心の中でつぶやいていた。
だから、次の週、夏美に反対されたのにも関わらず、またベンに会いに行った。いや反対されたことで、意地になったのかもしれない。ベンのいる刑務所は人里はなれたところにあった。だから、ジーナのうちから車で1時間かかる。幸運にも脳梗塞の後遺症はなかったので、車の運転はできる。
その日は、先週の暑さが信じられないくらい最高気温が24度と言う、快適な日だった。面会の時間まで30分あったが、外で待たされても、先週のようにジリジリ体の水分が吸い上げられていくような苦痛を感じなくてすんだ。面会人の書類に名前と住所を記入すると徹底的に持ち物の検査をされた後、面会所の大きな部屋に入ることを許可されて、面会所に入った。たくさん並んでいる椅子と机の中で、部屋の一番奥の片隅にある椅子に腰をかけて、ベンが来るまで待った。面会人を眺めると皆生活に疲れたような顔をしていた。5分ばかり経ったところで、ベンはきのうと同じように暗い眼をして、のろのろとジーナの前に来て、黙って座った。
ジーナは、どう会話を始めたものか、困惑した。
「きのうは、よく寝れた?」
「ああ」
「ねえ、きのうは私のことばかりしゃべっちゃったけど、今日はあなたがどうしてオーストラリアに住むようになったのか、聞きたいわ」と言って、ベンの顔を見つめた。
しばらく沈黙が流れた後、ゆっくりとベンは話し始めた。
「世界旅行に行った時、オーストラリア人のニーナっていう女性と会ったんだ。ニーナと結婚して、オーストラリアに来たんだよ」
「それ、いつのこと?」
「世界旅行から帰って、一年後だったかな」
「まあ、それじゃあ、私がオーストラリアに来て2年もしないうちに、あなたもオーストラリアに来たって訳ね。オーストラリアでは、何していたの?」
初めてベンは苦笑いを見せていった。
「何だか、尋問されているみたいだな」
ジーナも初めてリラックスし始めたようなベンに嬉しくなって
「そうよ。だってあなたが私と別れた後どうしていたのか、全部知りたいのよ」と冗談めかしに言った。
「ニーナと一緒にウエイターや店員のアルバイトをしてはお金をためて、色んなところを一緒に旅行したんだ。アフリカにも行ったし、南アメリカのアマゾン川にも行ったよ」
「ふうん。ニーナも冒険家だったんだ」
「そうなんだ。でも、子供が生まれてからは、二人で旅行をすることはあきらめたんだけどね」
「何人子供がいるの?」
「息子と娘。娘はニーナが死んでから、もう俺に口をきいてくれなくなったよ。お父さんはお母さんを殺したって言って」
「息子さんは?」
「息子は、父さんの気持ちはよくわかる。僕だって父さんの立場だったら同じことをしただろうって言ってね。でも、息子はシドニーに住んでいるから、滅多に会いにきてはくれないよ」
「そうなの」
もっと、ベンの家族の事を聞きたかったが、面会時間の終了を大柄な太っちょの警備員に告げられ、ジーナは仕方なく席を立った。
「また来週来てもいいかしら」と言うと、
「来たければね」と言う答えが戻ってきた。立ち上がりながら、ベンは
「僕は模範囚でね。来月仮釈放されることになったんだ」とぶっきらぼうに付け加えた。
「え?それじゃあ、来月もう出所できるの?」
その時初めてベンは笑顔を見せて、
「ああ」と言った。
刑務所からの帰り、ジーナは出所した後ベンはどうするつもりだろうと、気になり始めた。行くところがなければうちに来てもらってもいいんだけどと思う一方、そうなった時の夏美のしかめ面が頭に浮かんだ。
ベンは余りジーナの面会を楽しんだ風もなかったが、ジーナは次の週もベンを訪ねて行くことにした。ベンに対する面会人はジーナしかいないように思えた。だから、私が行ってあげなければという気持ちになったのだ。そういえば、ティーンエージャーの息子を亡くした友人が昔言っていたっけ。「不幸に見舞われるとね、周りの人って何か私たちが疫病神にでも憑かれたみたいな態度をとるようになったわ。何か腫れ物に触るような感じ。だから、だんだん今まで付き合っていた人とも交際をしなくなっていったわ。息子を亡くしただけじゃなくて友達までなくしたの。それが息子を失ったのと同じくらいさびしかったわ」ベンの周りの人も、きっとそんな具合なのだろう。ベンの友人や知人も決して悪気があって、ベンを避けるわけではないのだろう。不幸にあった人にどう対処すればいいか、どう言えばいいのか分からなくて、結局会うのが苦痛になる。そんなところだろう。もしベンに出所後行くところがなければ家に来いと言おうか、言うまいかと、その一週間は思い悩んだ。しかし、結論が出ないまま、次の面会日を迎えた。


著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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