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カウラへの旅(6)

~~中島は良太が黙ってしまったので、ちょっと言い過ぎたと反省したのか、平静な声に戻って言った。
「あの頃はね、どの国も経済封鎖をして、日本はにっちもさっちもいかなくなっていたんだよ。だから日本はアジアに大東亜帝国という大きな経済圏を作ろうとして戦争を始めたんだ」
良太はどうして戦争が始まったのか、あまり関心はなかった。ただ日本が他の国を植民地にしようと侵略戦争を起こしたくらいの認識しかなかった。
「でも、武力で他の国を侵略しようと言うのは、よくないですよね」
「君は平和病にかかっているようだね」
「平和病?」
「そうだよ。武力なくして国が成り立っていくという幻想に取り付かれている人がかかる病気のことだよ」
「でも、今の日本は武力放棄をしていますよ」
「それも、建前だけだよ。実際には、アメリカの軍事力に頼っている。もし米軍がいなくなったら、中国か北朝鮮に侵略されるのは、目に見えているよ。今の世の中で武力を持たないことは国際社会で発言権も弱くなるってことだよ。アメリカもロシアも核兵器を持っているくせに、他の国が核兵器を持とうとすると非難轟々だ。それは、ほかの国が自分たちのように強力な武器を持って、国際社会の発言権が強くなるのを恐れているからだよ。武力を持たないで自分の国を守れるなんて考えるほうが間違っている」
確かに今アメリカの軍事力が日本を保護しなかったら、すぐに中国や北朝鮮に領土を侵略されるだろうなと、国際関係にうとい良太にも想像できた。
「これが、収容所で死んだ人の銘板だよ」と言いながら、中島は「Tadao Minami」と記されたさびかけた銅版の前にしゃがみこんだ。良太もデニスも中島につられるよに、中島の後ろにしゃがみこんだ。
「中島さんは、この南っていう人、知っているんですか?」
「うん。この人は英語が上手で、キャンプのサブリーダーをしていたからね。ここには南忠男って書いてあるけれど、これは偽名でね、あとで中野不二男っていうジャーナリストが調べたら、豊島一って言う名前だったことが分かったよ」
「偽名なんですか。どうして偽名なんか使ったんですか?」
「今さっきも言ったように、その頃は日本人にとって戦争捕虜になることは、とても恥ずかしいことだと思われていたんだよ。だから、自分が捕虜になったと言うことが知られれば、日本にいる家族が非国民の家族として制裁を受けることを心配したんだ。家族が制裁を受けるより、家族に名誉の戦死をしたと思われるほうがいいと思って、皆偽名を使ったんだ。この南って言う人は、ゼロ戦のパイロットで、オーストラリア軍の最初の捕虜になった人だ。暴動が起こったときは、突撃ラッパを吹いて、真っ先に収容所の出口に向かって、射殺された人だよ」
「皆武器を持っていたのですか?」
「武器?そんな物はなかったよ。せいぜい野球のバットとか食事に使うナイフとかフォークを持って突撃したんだ。だって、皆死ぬ覚悟だったからね。ラッパが鳴り響いたのが午前2時。皆有刺鉄線を乗り越えるために毛布と、武器の食事用のナイフを持って、小屋の下に置かれていた薪に火を放って、出口に向かって無我夢中で走っていったんだ」
「武器がなかったから、オーストラリア軍の死傷者が少なかったんですね」
良太は、日本兵の死傷者が231名に比べて、オーストラリア兵の死傷者が4名と、少なかったことを思い出した。
中島が黙祷をささげているのを真似て、良太もデニスも中島の後ろにしゃがみこんで、黙祷をささげた。

著作権所有者:久保田満里子
 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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