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百済の王子(12)

~~大海人皇子はセーラに聞いた。
「少しそなたの生まれた国について、話してくれぬか?額田の話では、そなたは色々不思議な道具を持っておるそうじゃな。その道具をみせてほしい」
そう言うと、八兵衛が、セーラのリュックサックを持って来た。そしてリュックサックの中身を取り出して庭に並べた。スマートフォン、クレジットカード、お金、財布、チョコレート、ハンカチ、ちり紙と左側から順番に並べられていた。この人達をあっと言わせるには、スマートフォンが一番効果的だと思ったが、一ヶ月も使っていないのだから、もうバッテリーが切れていて、使い物にならない。
スマートフォンを取り上げると、セーラは言った。
「これで、写真を撮って、額田王様にお見せしましたが、もうこれは使えません」
「写真?それは何だ。それに、もう使えないだと?どういうことだ?」
電気がないから使えないと言っても、この人達には通じないだろう。どういえば、理解してもらえるだろうかと考えながら、言葉を選びながら、セーラはゆっくりと説明した。
「この道具には、燃料、人間でいうなれば、食べ物が必要なのでございます。もう一ヶ月もたちますので、もう燃料がなくなってしまって、残念ながら、使うことができません」
そう説明すると、それで納得したように、大海人皇子は、
「それは、残念なことだ」と言った。
今度は八兵衛が、クレジットをカードを取り上げて、
「これは何だ?」と聞く。
「それは、私の国ではお金の代わりに使うものです」と簡単に答えた。下手に詳しいことを説明しても到底理解してもらえないだろう。ところが、
「お金?それは何じゃ?」と聞かれて、初めてまだお金が流通していない世界に迷い込んだことを知った。物々交換の世界にどうお金を説明したものか、はたと困ってしまった。
「私の国では、何かほしいときに、これを見せると、ほしいものがもらえます」と答えると、
「ほう、そんな便利なものがあるのか」と大海人皇子は感心したように口をはさんだ。次に、お金を見せられたが、
「お金です」と言うと、
「このカードとお金はどう違うのじゃ。」などと聞いてきた。これではなかなか理解してもらそうもない。
「お金を持って歩きたくないときにカードを使いますが、家にお金をもっていないと、そのカードは使えません」
こんな説明では分からないだろうと思ったが、誰も何も言わなかった。たぶん、色々聞くと自分の無知をさらけだすようで、質問するのがためらわれたのだろう。
次にチョコレートを八兵衛は取り上げた。一ヶ月もリュックサックの中に入っていたチョコレートは少し乾いてひび割れてしろっぽくなっていたが、まだ食べられそうだった。
「これはおいしい食べ物です」と、言うと、額田が興味を示して、
「まずそなたが食べてみよ」と言った。
セーラはチョコレートを割って、ひとかけらを口に入れた。口の中にあま~い味が広がっていくと、久しぶりに、あの自分のいた文明世界に戻ったような気分になり、自然と顔がほころんでいった。
セーラが食べた後も、腹痛を起こさないのを確かめた後、額田王、大海人皇子、 豊璋は、それぞれチョコレートを口に含んだ。そして、皆驚いたような顔をして見合わせた。
「これは、うまい」と、まず大海人皇子が声をあげた。それに続いて額田王が「ほんに、おいしい物でございますなあ、私もこんなもの初めて口にしました」そう言うと、セーラに向かって、
「そなたはこんなものを作れるのか?」と続いて聞いたので、セーラは
「これを作るにはカカオがいりますが、カカオは暑い国でしか作れません。だから、倭国には原料がないと思います」と答えると、
「何だ。作れぬのか」と額田はがっかりしたようだった。
八兵衛はハンカチはただの布切れだと思ったようで、興味を示さず、次にちり紙をとりあげた。
「これは何だ」
「ちり紙です。これは例えば鼻水が出たようなときに、使います」
「紙?そんな貴重なものを鼻水をとるために使うとは、そなたの国はそんなに技術がすすんでいるのか?」と大海人皇子が感嘆の声をあげた。
『紙が貴重品?だったら、手紙などは、何に書いたのだろう?』セーラの好奇心が、それまで持っていた恐怖心を薄れさせ、つい聞いてしまった。
「紙が貴重品だとすると、手紙などは何に書かれているのですか?」
「手紙?ああ、文のことか?勿論普通は木簡に書いておる」
「木簡って、何ですか?」
それを聞くと、大海人皇子は大声で笑った。
「そなた、木簡も見たことがないのか?竹をいくつかにうちわって、それを紐で結びつけたものだ」
「そうですか?」
「お前の国は文明が栄えているようだが、その国にはどうしたらいけるのだ?」
『それは、こっちが聞きたいくらいだ』とセーラは思った。
「それは、私もよく分からないのです。飛鳥の村を歩いているうちにいつの間にか、ここに来ていました」
「そうか。道に迷ったのか?では、飛鳥の村には、お前の国からどうして来た?オーストラリアなんて初めて聞く国だが」
『これは、困った。どう答えればいいのだろう?そうだ!あの手を使おう』セーラはこの場を免れるためにはこの方法しかないと決めて、それに徹することにした。
 

著作権所有者 久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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