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謎の写真(1)

川口良子は、友人のシャーリーの新築の家を訪れ、驚きの声をあげた。

まず、その大きさに、圧倒された。ベッドルームが5つ。ゆうに30人は入れそうな、大きな客室。トイレだって4つもある。しかし良子が一番興奮したのは、日本びいきの彼女が作った和室だった。畳の部屋に障子。床の間があり、床の間にはちゃんと椿の花が生けられ、山水画の掛け軸まである。部屋の隅には、まるで戦前のお金持ちの家から持って来たような古いけれども凝った細工がしてある水屋がある。鉄の輪が取っ手についており、戸も格子状になっている。今日本でも余り見れない凝った和室であった。新しい畳からイグサのにおいが漂ってきた。

「羨ましいわ。こんな素敵な家に住めるなんて」と、少し嫉妬の気持ちをこめて、良子は言った。良子は独身で、アパート暮らしである。シャーリーの夫は日本から工業用ロボットを輸入する会社の経営者で、夫の事業はしごく順調に行っているようである。

「一生に一度は、自分の気に入った家を建てたいと思っていたけれど、やっとその願いがかなったのよ。ここで、私の好きなお茶をたてることができるわ」と、シャーリーは良子の嫉妬に気がついたのか気がつかないのか、明るい声で、臆面もなく、嬉しそうに言った。シャーリーと良子は、茶道を通して知り合った仲だった。

家の中を全部案内したあと、シャーリーは、和室で良子にお茶をたててくれた。

良子がお茶を飲み終わると、シャーリーは思い出したように、

「そうそう。あなたに見せたいものがあるの」と言って立ち上がると、和室の片隅にある水屋の引き出しを開け、何やら取り出した。

「これ、見て」と、シャーリーが良子の目の前に置いたのは、古ぼけた写真だった。

良子は、誰の写真かととまどながらも手にとって見ると、写真の裏側に、「榮」と、書かれていた。サピア色の写真には、着物姿の若い女性が写っていた。ニッコリ笑った顔はおちょぼ口で、目元がすっきりし、鼻筋の通った、かなりの美人であった。日本髪をしているところを見ると、かなり古いものらしい。

「これ、だあれ?」と良子が聞くと、

「誰か分からないから、困っているのよ」と、シャーリー。

「この写真、誰かにもらったの?」

「そうじゃないのよ。あの水屋の引き出しの中に入っていたのよ」

「あの、水屋、どこで手に入れたの?」

「ハイストリートにあるアンティークのお店よ」

「じゃあ、そのお店で聞けば、水屋の元の持ち主が分かるんじゃない。明らかに、あの水屋の元の持ち主の物でしょうから」

「それが、聞いても、よく分からないのよ。まさか、粗大ごみの日に拾ってきたものではないでしょうけど」

良子は、シャーリーが粗大ごみの日なんて言葉を知っているので、思わず笑った。

「もしかしたら、そうかもしれないわよ。日本の粗大ごみって、中には新品と間違うような物も捨ててあることがあるから」と、良子はシャーリーをからかうように言った。

シャーリーは、良子の言葉を無視して、深刻な顔になって言った。

「この写真、随分古い物だと思うけれど、この写真の持ち主が生きていれば、持ち主に返してあげたいのよ。何か良い方法はないかしら」

「この写真の持ち主は、榮としか、書いてないから、苗字が分からないのね。それじゃあ、ちょっと難しいかもしれないわ」

「アンティークの店では、名古屋で手に入れたとだけ教えてくれたから、名古屋周辺を探せばいいんだと思うけれど」

「名古屋かあ。あっ!そうだ。新聞に広告出したらどう?」

「広告を出す?それって、私が広告代を払わなければいけないってこと?」

良子は、こんな大きな家の持ち主が、広告代をしぶるなんて、ちょっとおかしいと、笑えて来たが、シャーリーの気を悪くさせるのが嫌だったので、笑いをこらえて、シャーリーと同じように真顔になって言った。

「そう言えば、私の大学の同級生だった人で、今名古屋の新聞社に勤めている人がいるから、このこと記事にしてもらえないか、きいてみてあげようか?」

すると、シャーリーは目を輝かせて、

「そうすれば、持ち主、探し出せるわね」と、乗り気になった。

その晩、良子は早速大学時代の同級生の米川にメールを送った。

その返事は2日後に来た。

「デスクに話したら興味を持ってくれて、記事にしてもよいと言われた。もっと、詳しいことを説明してくれないかな。それに、その写真も送ってくれたら、その中の一枚を記事と一緒にのせたら、持ち主が現れる可能性が大きいと思うので、送ってください」

良子は早速そのことをシャーリーに電話して伝えると、

「すごい。このことが記事になるの?」と、シャーリーは大喜びして、写真を新聞社に送ってくれると約束してくれた。

シャーリーから写真を新聞社に送ったと連絡を受けて2週間後、良子は米川からメールを受け取った。

「川口さん、新聞記事ができたので、添付書類をみてください」とあったので、すぐに添付記事を読むと、「オーストラリアに渡った写真」と題して、次のように書かれていた。

「オーストラリアのメルボルン在住のシャーリー・ウイルキンソンさんが、去る3月5日にメルボルンのアンティークの店で水屋を買ったところ、水屋の引き出しから古い写真が出てきた。シャーリーさんは、この写真を是非持ち主に返したいと、当社に連絡してきた。写真には『榮』としか書かれていない。また、水屋は名古屋からオーストラリアに渡った物であることから、写真の持ち主は、名古屋あるいは名古屋近辺の在住者だと考えられる。写真を見て、心当たりのある方は、是非当社にご連絡願いたい」

記事と一緒にシャーリーの送った写真が載せられていた。良子が予想していたよりは、紙面を多く取った記事になっていた。

シャーリーにこのことを知らせると、シャーリーは大喜びで、

「どんな人が持ち主なのかしら?」と、期待でウキウキしている様子だった。

持ち主が現れるまで、どのくらいの時間がかかるのか良子は想像できなかった。もしかしたら無駄だったかもしれないが、今は待つのみだと良子は思った。そんな良子の予想に反して、思いのほか、早く持ち主が現れた。

米川から、記事が掲載されて3日後に連絡があったのだ。

「良子さん、持ち主が現れました。榮さんはすでに亡くなっていましたが、榮さんの孫だという前島豊という男性から、『榮は私の曾祖母です』と、連絡がありました。榮さんは前島栄さんと言って、2年前に87歳で亡くなられたそうです。来週写真を取りに来ると言う事で、写真を渡すことになりました」

良子がシャーリーに米川のメッセージを伝えると、シャーリーは、飛び上がらんばかりに喜んで、

「良かったわ。持ち主に返すことができて。私には何の意味もない写真だけれど、ひい孫さんにとっては、おばあさんの思い出の大事な写真でしょうからねえ。私、そのひい孫さんに会ってみたいわ」と、言い出した。

「じゃあ、米川君にその人の連絡先を教えてもらうね」と、シャーリーの意気込みに圧倒されながらも、良子自身もあの写真に写っていた榮がどんな人生を送ったのか、興味が湧いてきた。

米川に、前島豊の連絡先を聞くため、メールを送ったら、思わぬ返事が返ってきた。

「実は、連絡先は分かりません。本社に電話連絡があり、写真を取りに来たので、住所も、電話番号も、聞かないまま、写真を渡してしまいました。だから、連絡先が分からないのです。お役に立てなくて、すみません」

『そんな、無責任な!』と、良子は思ったが、米川を責めても、事態は解決しないことに気づき、米川を責めることはやめた。

ところが、シャーリに米川の返事を伝えると、カンカンになった。

「あれは、法的には私のものだったのよ。それをあげたんだから、お礼ぐらいされたってばちはあたらないと思うわ。新聞社だって、私の許可なくして、その人に渡すなんて無責任よ」

確かに彼女の言うことはもっともなので、良子は返す言葉もなかった。

「それに、私、その人に会いたいと思って、もう日本への航空券買ってしまったのよ」

「えっ!もう航空券も買ってしまったの?」

良子は自分が言い出したことがこんな結果になってしまって、申し訳なく思い、ついつい言ってしまった。

「じゃあ、私も日本に行って、その前島豊と言う人を探すの、手伝うわ」

「良子も行ってくれるんだったら助かるわ。私、日本語できないから、頼りにしているわ」

そういう訳で、良子は急遽、シャーリーと二人で日本に、前島豊探しの旅に出るはめに陥った。

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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