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呉キッド(2)

時々メルボルン空港では預けた荷物がなかなか出てこなくて、1時間待たされることはざらなので、ため息をつきながらも、税関からのドアが開くのを見ていた。すると、後ろで肩を叩く人がいた。振り向くと、熟年の女が笑いながら立っていた。よく顔を見ると、シワがあるものの、大きな目に長いまつげで丸顔なのは、まさしく雅子の顔である。昔のウエーブのかかった茶色の髪は、多少薄くなっていた。雅子をどうして見逃したか考えてみると、彼女の体型がまったく変わっていたからだ。スリムだったウエストには、たっぷりの贅肉がついていて、完全におばさん体型である。もっとも私もウエストに贅肉がつき、若い頃から比べると10キロばかり太ったので、他人のことは言えないが、それにしても、雅子の変貌ぶりは、すさまじかった。

それでも、私は一気に大学生に戻った気分になり、

「雅子さん、よく来てくれたわねえ」と、ハグしたら、雅子は少し戸惑ったようだ。そして、改まったようにお辞儀をしながら、

「いつこさん、お世話になります」と、言った。

日本人の私が外人ぽくなったのと比べて、外見は外人の雅子は、日本人らしい、挨拶をしたので、私は思わず笑った。

「今日は、疲れたでしょ?明日からお父さんの行方を探すことにしましょうね」と言うと、「よろしくお願いします」と言う雅子の目が少しうるんだように思えた。

その日は、どういうふうにお父さんを探したらよいか、二人で作戦をねった。

「お父さんの名前は、分かっているのよね」

「ええ、アーサー・マッケンジーって言うそうです」

「マッケンジーって、よくある名前だから、探すの、ちょっとむずかしいわね。その他、お父さんについて知っていること、全部教えて」

「実は、おじから両親の結婚式の写真を、母に内緒でもらったのがあるんです」と、雅子は一枚のセビア色の写真を取り出した。そこには軍服姿の背の高い白人の男と、小柄な着物姿の愛らしい感じの日本人の女性の姿が写っていた。二人の密かな結婚式の写真のようだ。この写真が、すでに年老いた雅子の父親を探す手がかりになるとは思えなかった。

「他に知っていることはない?例えば歳はいくつだったの?出身地は?」

「歳は、20代の前半だったと思います。メルボルン出身だと、おじから聞きました」

65年前20代前半ということは、すでに90歳近いということになる。雅子には言えないが、生きている可能性がうすい。それでも、なんとか雅子の希望を叶えたいと、私はない知恵を絞った。

「もう90歳近いのなら、インターネットを使っているとは思えないから、インターネットで探しても無駄かもね。でも、一応、インターネットで検索してみましょうか」

私は、早速インターネットで検索をしたら、なんと7億以上の該当サイトが見つかり、お手上げであった。。最初の10サイトを見ただけでも、フットボール選手、作家、不動産屋とありとあらゆる職種の人が掲載されていた。

「一番有名なアーサー・マッケンジーって、フットボール選手がいるけど、この人第一次世界大戦で死んだと書いてあるから、この人でないことは、確かね」と、私はため息をつきながら言った。

雅子は、「電話帳を調べたら、どうかしら?」と言い出した。確かに90歳近い人でも電話はもっているだろう。ただし番号を隠している人も多いので、確実とは思えない。しかし、調べてみる価値はある。

早速インターネットで、電話のホワイトページで、a.mackenzieの項目を調べると、メルボルンには35名の該当者がいた。

「35人なら、一人ひとりに電話しても、そんなに時間はかからないわね。どうする?」

「でも、私、英語ができないから、皆いつこさんに電話してもらわなければいけなくなりますね。ちょっと申し訳ないです」

「だったら、他にどんな方法が考えられる?」

「日本では、新聞広告を出しますけど、こちらではそんなことしないんですか?」

「う~ん。あんまりしないわね。それに日本人ほど新聞を読む人は多くないから、無駄だと思うわ」

そして、考えているうちに、あるアイディアが浮かんだ。

「そうだ。こちらにDepartment of Veterans’ Affairsというのがあるから、雅子さんのお父さんは軍籍があるわけだから、そこできいてみたらいいかもしれない」

「それって、なんですか?」

「退役した軍人のお世話をする役所よ」よ、雅子の質問に答えながらも、手ではコンピューターで検索を始めた。検索後、そのサイトのメールアドレスに、依頼のメッセージを書き込むことにした。

「呉の進駐軍に配属されて、1950年に、強制送還されたArthur MacKenzieに連絡がとりたいのですが、連絡先を教えていただけませんか?彼が日本にいる時、日本女性との間にできた娘が、連絡を取りたいとメルボルンに来ています。よろしくお願いします」

メッセージを打った後、これで連絡先を教えてもらえればめでたしめでたしということになるのだがと思いながらも、「もう彼は死にました」と言う返事がくるのではないかと、私は半分期待、半分恐れといった奇妙な気分に襲われた。雅子も同じ気持ちだったに違いない。

(続く)

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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