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結婚相手(最終回)

その日、大村が連れて行ってくれた店は寿司店だった。

「実は先日工藤さんを町で見かけてね。声をかけたら、婚約したって言って、婚約指輪をみせてくれたよ」

「え、彼女、結婚するの?」

「そう。君もそうだろうと思うけど、僕も彼女の退職はこたえたんだけれど、彼女のそんな姿を見て、やっと胸のつかえがとれた思いだよ」

それを聞くと、私もほっと溜息をついて、

「それを聞いて私も心が軽くなったわ」

にっこり笑った私を見て、

「君の笑顔見るの、一年ぶりだな」と大村は言い、姿勢を正して、

「僕と結婚を前提に付き合ってもらえませんか」と、真剣なまなざしをなげかけた。

私は、幹江が婚約していると聞いた後、今まであった大村に対するわだかまりがとれ、素直に頷いていた。幹江に言われるまで大村の事を男性として意識をしたことがなかったのだが、幹江が退職した後、大村は、腹立たしいながらも、気になる存在になっていたのだ。しかし、そうかといって大村に近づくことはためらわれた。幹江に悪いと思ったからだ。でも、幹江が幸せに暮らしているのなら、私が彼女のことを気遣うことはない。

 それから一年つきあった後、私たちは結婚した。

 

 結婚して分かったことは、大村がマザコンの気があることだった。毎日姑が家に遊びに来るのには閉口して、時折口論になったが、その姑も私たちが結婚して10年目に亡くなり、それ以降、私たちの結婚はたいした波風もなく27年の月日が過ぎていった。結婚2年目で生まれた一人娘の真奈美も、25歳になった。真奈美は、2年間中学校で英語教師をしていたが、本格的に英語を学びたいと、1年間オーストラリアに留学した。その真奈美を空港に迎えに行って、私は真奈美の左の薬指に小さな指輪を見つけた時、一瞬胸がどっきりした。

私は、「向こうで結婚相手を見つけたの?」と聞いた。真奈美とはメールやスカイプで頻繁に連絡を取り合っていたが、結婚相手を見つけたなんて、一言も言わなかった。

「そうなの」

ちょっと、はにかんだように真奈美は言った。黙っていたのを悪いと思ったのかもしれない。

 婚約したとなると、すぐにどんな相手か気になる。もしかしたら、相手はオーストラリア人?だから私たちに言えなかったのではないかと、気をまわしてしまう。

「相手は、オーストラリア人なの?」と、一番気になることを聞くと

「いいえ。日本人よ。彼も私と同じ大学に日本から留学していたの。藤原俊介っていうの」

「そう」

 私は、相手が外国人でないことを聞いて内心ほっとした。それは、オーストラリア人に対する偏見からではなく、単に、一人娘に外国に住まわれては困ると思ったからだ。真奈美は、「写真、見る?」と聞くので、「勿論よ」と答えると、携帯に写っている写真を見せてくれた。そこには、健康そうな白い歯を見せたなかなかハンサムな好青年が写っていた。

「何をしている人なの?」

「経営学を勉強していたわ。日本の企業から研修で、送られてきていたの」

ちゃんとした職を持っている青年と聞き、私はますます藤原俊介と言う青年に好意を持った。

「今度彼の両親と一緒に食事をしようと、彼が言っているんだけれど、どうかしら?」と真由美が言うので、私たち夫婦は一も二もなく、すぐに賛成した。どんな青年なのかと、私も夫も、一緒に会食する日を、期待と不安が入り混じった気持ちで待った。

 ホテルで夕食を一緒にすることになったので、その日は美容院に行き、私としては目いっぱいおしゃれをして出かけた。勿論真奈美より目立たないように気を付けたが、そんなことに気を配らなくて、若くて上背のある真奈美は、どっちに転んだって、私よりは魅力があると夫に言われてしまった。

 ホテルのフランス料理店に行くと、相手はすでに来ていた。私たちの姿を見ると、藤原俊介と俊介の両親は席から立ちあがって、挨拶をした。俊介の母親が「藤沢幹江です」とお辞儀をし、顔を上げたところを見て、私も夫もびっくりして一瞬声を失った。その顔は、まぎれもなく工藤幹江だったのだ。

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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