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行方不明(4)

 「ハーイ、静子。どうしたの。リチャードに用事?」
ケイトはすぐにリチャードに電話を代わってくれた。
「どうしたんだ、静子」
リチャードは電話に出てくるなり言った。無理もない。今までトニーの友達に電話したこと等一度もない。
「実は、まだトニーが帰ってこないんだけど、何か知っていない?」
「えっ、トニーがまだ戻ってこない?おかしいなあ。トニーはいつものように5時に事務所を出るのをみかけたけど、どこにも寄り道するなんて言ってなかったよ」
「そう」
落胆のあまり、自分の声が消え入りそうになって行くのを感じた。静子の気持ちを察したように、「僕には心当たりないけど、他に心当たりをあたってそれでも見つからない時は、また電話してくれ」と言ってリチャードは電話を切った。他にトニーの居所を知っていそうな友達は心当たりがなかった。
姑に電話することを考え、受話器に手をかけかけたが、結局電話しなかった。姑に電話するのはまだ早い。すぐにパニック状態に落ちいって、きっと動転して喚き散らされるだけだ。舅は4年前に他界している。柱時計を見た。11時になっていた。絶対におかしい。事故にでもあったのかもしれない。警察に電話するしかなさそうだった。

 000の番号を押すと、すぐに応答があった。夫が帰って来ないことを報告したが、夫の名前、年齢、住所等一通りのことを聞かれた後「行方不明」として登録して、何か分かり次第伝えると言われた。電話を切ると、もう12時を回っていた。
静子は警察に電話した後、これ以上何もできることがないと溜息をつきながら床についた。姑に連絡するのは明日になってからでも構わないだろうと思いながら。疲れていたが頭は冴えて、なかなか寝付けなかった。
明け方、とろとろとまどろんだらしい。夢を見た。トニーが森の中にいて、おいでおいでをしているのだが、どうしたらそこに行けるのか分からず、泣き出しそうになったところで目が覚めた。起きた時、本当に涙がでていたことに気づいた。不安な気持ちは起きた後も続き、胸はまだドキドキしていた。時計を見ると、午前6時半だった。トニーがいつも寝る左側の方に目をやったが、そこの布団はぺたんこのままだった。クイーンサイズのベットが突然大きく感じられた。のろのろ起きた後、姑に電話した。案の定、「まあ、一体どうしたのかしら。事故にでもあったんじゃないでしょうね。警察には届けたの」と、パニック状態の甲高い声が電話機を通して聞こえた。今から警察に行ってみる所だと言うと、一緒について行くと言って聞かない。姑を拾うために、車で20分の所にあるリタイアメント・ヴィレッジ(退職者用の村)に行った。姑がリタイアメント・ヴィレッジに住み始めたのは5年前からだと言う。その頃は舅も生きていて、リタイアメント・ビレッジにある寝室二つと居間とダイニングキッチンの小さな家に引っ越し、これから二人だけの隠居生活を楽しもうという矢先に、舅が心筋梗塞で他界してしまったということだ。だから、静子は舅に会ったことはない。

 姑を拾った後、最寄りの警察署に向かった。姑は警察への道中、自分の不安を隠すためか、絶えずしゃべっていた。姑の口から「もしかしたら、女でもできていたんじゃないの?」と言う言葉が出て来た時には驚いて、一瞬姑の顔を見た。もし、女と手に手を取って駆け落ちということならば、自分の身の回り品ぐらいは持って行くだろう。トニーはきのうはいつものように、コンピューターを入れたアタッシュケースを一つ持っていったきりだ。昨日の晩調べたところ、洋服ダンスには彼の服は全部いつものように吊るされたままだった。それを言うと、姑は事故にでも遭ったのではないかという話にまた戻っていった。

 警察に行くと、応対してくれたのは、若い警官だった。その警官に事情を話した後、静子は捜査の助けになるかもしれないからと、最近二人でピクニックに行った時撮ったトニーの写真を手渡した。トニーの写真を持って行くのを忘れなかったのは、まだ完全に冷静さを失ってはいなかった証拠だ。その警官は、夕べ起こった様々な事件の身元不明の被害者に、トニーに該当する人物がいないかコンピューターで検索してくれたが、何もでてこなかった。コンピューターに行方不明としてトニーの情報を入れておくが、何かの事件に巻き込まれたと言う確証がない限りこれ以上どうしようもないと言われ、その日は退散するしかなかった。



次回に続く.....

著作権所有者・久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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