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前世療法(最終回)

正二との再会の日が来た。夕方ハイヒールの音をこつこつとさせながら、レストランの前に立った。大きく息を吸って、レストランに入って行った。まず中に正二がいないか見回したが、彼の姿は見えなかった。時計を見ると、約束の7時までまだ5分あった。

ウエイトレスが、「お一人様ですか?」と声をかけて来たので、

「いえ、連れがいるんですが、」と答えた。

「ご予約は入っていますか?」と聞かれて、ハタと困った。正二が予約を入れているかどうかまでは確認していない。

「ショージ・マッケンジーという名前で予約が入っていると思うんですが」

「ああ、マッケンジー様。ええ、入っていますよ。どうぞこちらへ」とテーブルに案内されて、二人用のテーブルに座って腰を落ち着けると、いつ正二が入ってくるかと入り口に目をやった。すると、正二の姿が見え、思わず笑みを浮かべて立ち上がろうかと思ったら、正二の横には金髪の美しい女性がいた。二人は楽しそうにおしゃべりをしながら入って来た。一瞬、佐代子の頭はカーッとなった。正二には、すでに新しいガールフレンドができていたと思うと、この1年間待ったことが無駄だったと、悔し涙が出てきた。席を立って帰ろうと思ったら、正二が佐代子の姿を見つけて、一緒に入って来た女性に「じゃあ、また」と手を振って別れて、佐代子のいるテーブルに笑顔を浮かべて近づいてきた。

佐代子は、正二とその女性の関係が把握できず、憮然として正二を迎えた。

「待たせちゃったかな。今同僚の奥さんに会ってね」と言うので、初めて二人の関係を知った。二人が恋人ではなかったと聞いて佐代子の乱れていた心が落ち着き、正二に向かってにっこりと笑った。

「元気だった?」と正二が聞いたので、佐代子は頷いた。

「あなたのほうは?」

「やっとキムの一周忌がすんで、気持ちが落ち着いたよ」

「それは、良かったわ。私ね、あれからまた前世療法を受けて、あなたとキムの前世のつながりが分かったの」

「えっ?僕とキムの前世の関係?僕はキムにも前世で会っていたの?」

「そう。彼女はあなたのお母さんだったのよ」

一瞬正二は驚いた顔をしたが、そのあと納得したように、

「そうだったのか」と頷いた。

「で、君はまだ独身なの?」

「そう。あなたに1年待てと言われたもの。まだ結婚できないでいるわ」

「それは悪かった。1年待ってくれてありがとう。僕は君みたいな魅力的な女性が1年も待ってくれているなんて、半信半疑だったよ。もう待たせないからね」

佐代子は魅力的な女性と言われて少しくすぐったい気持ちがした。

「それを聞いて安心したわ。私たちがソウルメイトだと99%は信じられたのだけど、あなたと一緒になれるかどうか、自信がなかったの」

「我々の再会を祝して、乾杯しようよ」と言って、正二はシャンパンを注文してくれ、二人でシャンパングラスをカチンとかち合わせた。この時ほど、佐代子は幸せだと思ったことはなかった。シャンペングラスに映った佐代子の顔はバラ色に輝いていた。

 それから3か月後、二人は小さな教会で結婚式をあげた。佐代子のブライドメイドは、勿論玲子だった。

 結婚して一年目に、佐代子の待ち望んでいた子供が生まれた。女の子だった。生まれたばかりの赤ん坊を抱いて顔を見た時、佐代子の中で「この子はキムの生まれ変わりかもしれない」と言う突拍子もない思いが浮かんだ。そのことを正二に言うと、「実は、僕もそう思ったんだ」と複雑な顔をして答えた。佐代子は、キムが正二の母親だった前世を知った後は、彼女に対する嫉妬は完全に消えていた。そして、赤ん坊に頬ずりしながら、「私たちの子供として生まれ変わってくれてありがとう」とつぶやいていた。

 

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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