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家族(2)

着メロが10秒くらい流れた後、「ハロー」とサイモンの声がした。懐かしさがこみあげてきて、マーガレットは一呼吸を置いて言った。「私、マーガレット」

サイモンがどんな反応をするか緊張したマーガレットの耳に、次に聞こえてきたのは、

「マーガレット!リバプールに帰っているのか?」と嬉しそうなサイモンの声だった。

その声を聴くと、マーガレットはまたティーンエージャーだった時の自分にタイムスリップしていくように感じた。

 二人はリバプール港が見えるカフェで30分後に会う約束をして電話を切った。

25年ぶりに会ったサイモンは、ひげを生やし、いかにもおじさんという風情であったが、マーガレットも自分がおばさんになっているのを自覚していたから、たいして驚かなかった。

 マーガレットが椅子に座るや否や、待ちかねたようにサイモンが言った。

「久しぶりだね。元気にしている?」

「うん、まあね」

「君がオーストラリアで結婚して、看護師の仕事を続けているって、サーシャから聞いていたよ」

「そう、じゃあ、私が最近離婚したことも聞いている?」

「離婚?いや、それは、初めて聞いたよ。そうか。君も離婚したのか、実は僕も最近離婚したんだよ」

「どうして離婚したの?」

「まあ、経済観念の違いと言えばいいのかな。別れた妻は結構派手好きでね。僕が口やかましく行っても貯金をするということを考えない女でね。それが原因かな。君の方は?」

「私?夫に好きな女ができて、家を出て行ったのよ」

「それは、大変だったな」

本当に同情するようなサイモンの優しい目つきに遭うと、マーガレットの心はとろけて行った。

サイモンが言った。

「実はね、僕は離婚した後、僕たちの子供のことを調べたんだ」

「えっ?私たちの子供?それって、本当?それで、あの子がどこにいるか分かったの?」

興奮して矢継ぎ早に聞くマーガレットに、

「まあまあ落ち着いて聞いてくれよ」と言って、サイモンは話をつづけた。

「あの子は、ディーンって名前を付けられて、子供のいなかった夫婦に大事に育てられていたよ」

マーガレットは、心の奥底に封じ込めていた養子に出した子供への思いが一気に吹き上がってきた。手放したことへの罪悪感に苦しめられることも多かったが、息子が幸せな人生を送ったようで、心の底にあった重荷がすっと軽くなっていった。息子のことは、ニールにも自分の娘たちにも、息子がいることを話したことはない。

「よかった。幸せに暮らしているのね。あの子、もう25歳よね。どんな青年になったのか会ってみたいわ」

「うん、僕も、離婚した後一人になって急に会いたくなってね。僕たち夫婦には子供がいなかったからあの子だけが僕の子供なんだよ」

「会いたいけれど、きっと私のことを恨んでいるでしょうね。そう思うから、あの子がどこにいるのか調べるのが怖くて、どこにいるかも調べたことはなかったの」

「そんなに心配することはないよ。ディーンも一度生みの親に会ってみたかったと言っていたよ。育ての親がとても良い人たちで、僕が連絡したら、育ての親に気を使って躊躇していたディーンに会いに行って来いと言ってくれたそうだ」

「良かったわ。あの子が幸せな人生を送れたようで」

そういうと、マーガレットの目に見る見るうちに涙であふれ、眼尻から流れ落ちた。

 「そうか。それじゃあ、ディーンに連絡してみるよ。今週の日曜日、昼飯を一緒にしようと言ってみるよ」

涙を拭きながら、「ありがとう。日曜日、楽しみにしているわ」

マーガレットは、久しぶりに晴れ晴れした気持ちで、サイモンと再会を約束して別れた。

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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