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おもとさん、世界を駆け巡る(4)

それから間もなくフレデリックと結婚したおもとさんは、フレデリックの住む横浜にある外人居留地60番の家に移っていった。結婚したというのは本人たちがそのつもりだっただけで、親戚縁者を集めての祝言はなかった。外人と結婚することに対して、親類縁者が非難の声をあげたからだ。それでも、おもとさんはそんな形式的なことは気にも留めなかった。ただただフレデリックと一緒にいられると思うと、それだけで幸せだった。その時おもとさんが18歳、フレデリックは22歳だった。二人とも一目ぼれの結婚だった。

 しかし、外人居留地に住み始めたおもとさんには最初戸惑うことばかりだった。まず椅子の生活に、慣れるまでしばらくかかった。長い間、無意識のうちに椅子の上に正座で座って、フレデリックに笑われた。食べ物も今までの魚中心の食事から肉中心の生活に変わった。近所の人と言えば外人と外人の妾になった日本女性くらいである。そんな女性は夫は本国に正妻がいるから、内妻とよばれることもあった。お座敷に出ていた芸者で、異人さんに見初められ、雇い主にかなりのお金を払って落籍させられた女性も多かった。そんなカップルは年が離れていることが多かった。そういう点、おもとさんのような女性はまれであった。フレデリックはよくおもとさんに、

「母は、外国人の妾だったので、皆から一段下に見られて、つらい思いをしたことが多かった。僕は、本国に正妻がいるなんてことはないし、お前に母が味わったような悲しみを背負わせないつもりだ」と、語った。おもとさんは幸せだったが、一つだけ苦手なことがあった。それは時折総領事館などで催されるパーティーに参加する時である。英語ができないおもとさんには、皆の会話についていけなくて、退屈極まりないものだった。ほかの外国人の内妻と日本語で話すことはあるが、ほかの内妻は皆多かれ少なかれ英語が話せるようで、おもとさんのように英語が話せないという人はいない。というのも、フレデリックが日本語が話せるので、ついつい家の中でも日本語で話すからだ。金兵衛と金次郎と言う二人の使用人がいるものの二人とも日本人である。日本語しか話せない。そこで、おもとさんはフレデリックに、「私も英語を話せるようになりたい」と言ったら、フレデリックも大賛成で、すぐに本を手に入れて、おもとさんにプレゼントしてくれた。その本は英米対話捷経(えいべいたいわしょうきょう)と書かれていた。著者を見ると、中浜万次郎となっていた。

「この本を書かれた方は日本人なんですね」とおもとさんが聞くと、

「うん。通称ジョン万次郎と呼ばれる漁師だった人で、漁に出て遭難して、孤島に流され、そのうちアメリカの捕鯨船に助けられて、アメリカに行って、アメリカで英語を学んだそうだ」

「まあ、そんな人もいるのですか」

「うん。今では航海術にも知識があるというんで、幕府に重宝されている人物で、英語を学びたい人のために英会話のテキストとして、この本を作ったそうだ」

どっしりとしたその本を手に取ってパラパラとめくってみると、何やら英語らしい単語と、その横に発音の仕方がカタカナで書かれていて、そのまた横に意味が漢字で書かれていた。おもとさんは漢字はさっぱり分からなかったが、何とかカタカナは読めたので、暇を見つけては、その本を開いて、少しずつ英語を身につけていった。

 フレデリックも家の中で日本語を話すのをやめて、おもとさんの英語の勉強に協力した。おもとさんは、言語の才能があったようで、半年もすると、ゆっくりしか話せないが、日常会話ができるようになった。

 そして間もなく、おもとさんは妊娠した。おもとさんがフレデリックに妊娠したことを告げるとフレデリックは大喜びし、二人の子供の誕生を心待ちにした。。 

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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