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おもとさん、世界を駆け巡る(6))

フレデリックの足がすっかり治ったその年の末、おもとさんはフレデリックによく似た男の子を生んだ。黒い瞳だけれど、色は白く、髪は細くて茶色だった。

生まれたばかりの息子を抱いて、嬉しそうに赤ん坊の顔に見入っているフレデリックに

「名前はどうなさいます?」とおもとさんは聞いた。

「タンナケル・ブヒクロサンにしよう」と息子から目を離さないで、フレデリックは答えた。タンナケル・ブヒクロサンと言うのは、おもとさんが初めてフレデリックにあったときに名乗った名前だった。

「それは、あなたの日本の名前じゃないんですか?」と聞くと、

「オランダではね、長男は父親の名前をもらうものなんだよ」と言う。

「でも、そうすると、長男と父親をどうやって呼び分けるのですか?」

「子供は、リトル・タンナケルと呼べばいいんだよ」

そこで、長男はリトル・タンナケルと呼ばれるようになった。

 フレデリックもおもとさんも、幸せいっぱいの毎日だった。

 1861年がやってきた。無事お正月をすませた頃、フレデリックは高熱を出し、寝込んでしまった。そのうちに顔に赤いぶつぶつができ、そこから膿が出始めたので、医者のジェームス・カーティス・ヘボンに診てもらうと、

「天然痘ですね」と言われた。天然痘といえば、伝染病である。

フレデリックは、まだ乳児のリトル・タンナケルに病気がうつるのを心配して、看病をしようと部屋に入ったおもとさんに言った。

「この部屋には、近づくな。リトル・タンナケルにうつったら、大変なことになる」と言った。それを聞くと、使用人までもが、移されるのをこわがり、その日は、一日中フレデリックは一人残され、食べ物も誰も持って行かなかった。翌日、また往診に来たジェームスは、

「食べ物ももらってないのか」と驚き、怖がるおもとさんたちに、食べ物を作らせ、フレデリックの面倒を見てくれた。その頃日本では天然痘のワクチンが輸入されており、死病ではなかったものの、そのワクチンはまだまだ日本人の手には入りにくく、日本人一般の人からは死病として恐れられていたのである。ジェームスがワクチンを取り寄せてくれたため、フレデリックは、数日たつと熱も引き、一週間もたつと吹き出物もなくなり、床離れをすることができた。

著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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