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おもとさん、世界を駆け巡る(7)

怪我や病気で通訳としての仕事を何か月か休んでしまったフレデリックは、英国総領事館をクビになったが、そのすぐ後フランス公使館に雇われた。フランス初代駐日公使デュシューヌ・ド・ベルクールは、英国公使だったオールコックと親しく、オールコックの口利きのおかげであった。新しい役目は通訳兼書記である。それまでおもとさんは、フレデリックがフランス語もできるとは知らなかったので、この転職には驚いた。フレデリックに言わせれば、オランダ語は英語やフランス語に似たところがあるので、そんなにフランス語を話すのに、苦労しないということだった。英国総領事館では、臨時の助手と言う立場だったのが、今度の転職では給料も地位も上がり、災い転じて福となすの感があった。

 この年におもとさんとフレデリックの間に長女が生まれた。その子は、ポリーと名付けられた。

 落馬でひどい目にあったにもかかわらず、フレデリックの乗馬に対する情熱は全く衰えなかった。競馬好きな外国人が集まって、1862年に横浜レースクラブが外人居留地にできた。勿論、フレデリックもメンバーになった。この年、英国とオランダの両領事の要請で、横浜の居留地内に日本で初めて競馬場ができた。この競馬場で春と秋にある競馬で優勝するのを夢見ていたフレデリックは、良い馬を欲しくてたまらなかった。

 ある日、フレデリックは、

「函館に行ってくるよ」とおもとさんに言った。

「お仕事なのですか?」

「いや、北海道には良い馬がたくさんいると聞いたから、馬を買いに行くんだ」

横浜から函館と言えば、かなりの距離がある。それに、本州と北海道の間には海峡もある。

「どうやって、函館に行くんです?」

「フランスの軍艦モンジュで行くんだ。ちょうど、函館に行くというからついでに乗せてもらうように頼み込んだんだ」

「それで、お帰りはいつになるんですか?」

「1か月くらいかかると思う」

「そうですか。お気をつけてお出かけください」

 夏の日差しが強く照り付ける8月10日に、快くフレデリックを送り出したおもとさんだが、この馬の購入が、ひと騒動をかもしたのを、後でフレデリックに聞いて知った。

著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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