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おもとさん世界を駆け巡る(17)

「フレデリックは、倒産してしまって、監獄に入れられたというではないか。そんな者と縁者であるのが、どれほど恥かしいことか、お前には分かっていないようだな。お前が異国の者と結婚したということだけでも、肩身の狭い思いをしているのに、お前を助けることなどはできん。わしはお前は家を出たものと思っている」と、兄からの冷たい言葉に、おもとさんは途方に暮れた。とぼとぼ子供の手を引いていったんは外人居留地にもどったものの、おもとさんは諦めなかった。兄は冷たいが父親はいったんフレデリックとの結婚を認めてくれたので、父親に手紙をしたためた。
「おとっつあん。夫が囚われの身となり、私と子供三人は、路頭に迷っています。夫はいつ釈放されるかわからない状態が続いています。夫がいつか帰ってくることを信じていますが、その間だけでも、実家においてもらえないでしょうか。もしおつっつあんにまで見捨てられると、私と子供は心中しなければいけなくなるかもしれません」
少し、脅しも入ったが、それが実際のおもとさんの切羽詰まった思いであった。手紙を出して一週間、長兵衛からなんの連絡もなかった。絶望的な気持ちで、手紙を出して8日目の朝を迎えたおもとさんのもとに、待ちに待った長兵衛からの手紙が届いた。
「おもと、
お前をフレデリックと結婚させたことを、悔いている。ほかの人間の金をくすめとるような卑しい男とは、見抜けなかった自分に責任を感じている。
お前も知っての通り、角兵衛は最初からお前の結婚に反対だった。だから、結婚に失敗したからと言って、すぐにお前を引き取る気にはならないようだ。角兵衛には嫁もいるし、子供三人いる。嫁にとってはお前は小姑になり、それでなくても煙たい存在だ。角兵衛を説得するのに苦労をしたが、お前が使用人の一人として家の手伝いをするなら、お前が戻るのに反対はしないという約束をとりつけた。お前にとって、使用人の立場になるのは 情けないことであろうが、私も隠居した身なので、これ以上頼めなかった。ふがいない父親を許してほしい」
おもとさんは長兵衛の苦渋が手紙にはあふれていた。父の情けない思いが胸を深く突き刺さり、涙が出てきた。


著作権所有者:久保田満里子
 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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