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ある企業家の死(8)

キャバレーを後にした加奈と剛は喫茶店に入って、ママから聞いた話をまとめてみた。
「佐伯を恨んでいる人はたくさんいたと言うけれど、その中に犯人がいるのかしら?」と加奈が首をかしげると、剛も
「確かに佐伯のビジネスで被害を被った人はたくさんいるようですけれど、佐伯さんは家の中での中毒死ですからね。恨みを持っていても簡単には、佐伯の家には入れないでしょう」
「そうね。やっぱり沙由紀が一番怪しいって言うことになるわね」
「警察は、覚せい剤の出所を追及しているようですね。犬の死体から覚せい剤が検出されれば、もう少し、出所を突き止めやすいんでしょうね」
「そういうことね。まあ、私達は警察じゃないんだから、捜査するにしても、限られているものね。警察の次の記者会見に期待しましょう。その間、今日聞いたママの話を記事にまとめなきゃ」
 その夜加奈は記事を書き上げ、翌日の朝一番で編集長に見せ、ついでにキャバレーの領収書も手渡すと、案の定、編集長は「これは、何だ?」と目を吊り上げて、「こんなつまらないことに会社の金を使うな」と怒鳴られたが、最終的には、「まあ、仕方ないか」と1万円の出費を了承してくれた。
「大手の出版社なら、1万円ぐらいの出費で文句言われなくても払ってもらえるんだろうけれど、うちは弱小出版社だから仕方ないか」と加奈は心の中で思ったが、口に出しては言わなかった。
午後二時から警察署で記者会見があると聞いて、加奈は早速出かけてみた。
警察の発表は以前と同じ管理官からあった。
「先日、佐伯氏の愛犬の死骸を掘り出し、鑑識で調べてもらったところ、犬の体から微量ですが、佐伯氏の死体から検出されたものと同じ、覚せい剤が見つかりました。これは、やはり、犬は佐伯氏殺害のための予行演習として、殺されたと思われます」
警察の発表の後、また例の横浜新聞社の伊藤隆が、質問した。
「犬も佐伯氏と同じ犯人に殺されたとなると、容疑者が限定されるわけですか?」
「まだ、容疑者の限定とまでは言っていません。今、佐伯氏と犬に接触できた人物の中で覚せい剤を手に入れることができたのは誰かを捜査しているところです」
加奈も手を挙げて、質問をした。
「佐伯氏と犬に接触できた人物と言うと、奥さんの沙由紀さんと家政婦さんですよね」
「そうとは、限りません。会社の従業員で、家を出入りしていた人物もかなりいますし」と管理官は口を濁した。
加奈の隣に座っていた伊藤は、「後で名誉棄損で訴えられたら困るので、慎重に発言しているんだよ」と小声で加奈に教えてくれた。
「まあ、警察のお手並みを拝見することにしましょう」と加奈も隆に小声で言った。
 その記者会見が終わって1週間、警察の記者会見はバッタリなくなった。捜査が難航しているようだ。
 警察の必死の捜査にも関わらず、覚せい剤がどうして佐伯の体内に入ったのかも分からず、どんどん月日は容赦なくたち、3か月が過ぎて、捜査員は数を減らされ、迷宮いりの可能性が高まった。こうなると、週刊誌の読者に伝えることもなくなり、加奈の方にも編集長から、
「もう、佐伯氏のことは、真犯人が上がるまで、書くことないからな」と言われ、記事は打ち切られた。世間は段々この事件に興味を失ったようで、佐伯の記事は全くテレビニュースにも報じられることがなくなっていった。


著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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