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人探し(9)

3日後、また五反田駅の改札口で、藤沢に会った。藤沢が自分の家族の写真を見たいだろうと思い、今年のお正月、つまり1年前近くに撮った写真をコートのポケットに忍ばせた。前回遅刻したので、今日こそは藤沢よりも早く行こうと思い、家を早く出たが、今回は正雄の方が早く来すぎて、10分、駅の構内で藤沢が改札口を出てくるのを待った。

藤沢が改札口を出たのを認めて、「やあ」と片手をあげて近づくと、藤沢も「やあ」と応じた。「こんにちは」と言うほど改まった関係ではないし、ほかの挨拶の仕方を思いつかなかったからだ。

「お母さんの容態はどうです?」と正雄は真っ先に聞いた。

「昨日から放射線治療が始まりましたが、痛くもかゆくもないと言っていました」

「そうですか。それは良かった」

話ながら歩いて行くとすぐに鑑定所に着いた。

事務所に入ると、先日会った受付の女性が、すぐに二人のことを思い出し、

「応接室で、職員が説明しますので、応接室でお待ちください」と言って、先日唾液を取られた応接室に案内してくれた。

しばらくすると、先日会った職員が、鑑定結果が入った封筒を2通とへその緒の入った木箱二つを持って現れた。

「まず、へその緒を、お返しします」と二人に木箱を渡した。そして、

「これが坂口さんのへその緒の鑑定書です」と正雄に渡し、もう一つを「こちらは藤沢さんのへその緒の鑑定書です」と藤沢に封筒を渡した。二人は職員からそれぞれ封筒を受け取ると、封筒の中の書類を引っ張り出した。正雄は結果を見るのを一瞬躊躇した。本当は間違いだったら良いと思った。そうすれば今まで通りの生活ができる。しかし、正雄のDNAと藤沢の持っていたへその緒のDNAは99.2%の割合で一致していた。やっぱり、自分は両親の実子ではなかったのだと思うと、寂しさが胸を横切った。そして、隣に座っていた藤沢を見ると、藤沢は信じられないと言った顔で、鑑定結果をじっと見つめている。

「藤沢さん、どうかしたんですか。藤沢さんの持っていたへその緒と僕のDNAは、やっぱり一致しましたよ」

藤沢は正雄を見て、自分がもらった鑑定結果を黙って正雄に渡した。そこには、「不一致」と書かれていた。正雄は一瞬、この結果をどう解釈すればいいのか分からず、呆然とした。

「不一致と言うことは、僕の両親は、藤沢さんの実の両親ではないと言うことなんですか。一体、これはどういうことでしょう」

正雄は職員に向かって、「藤沢さんがもらった結果って、何かの間違いではないですか?」と言うと、職員は難癖をつけられたと思ったらしく、ムッとした表情で、「間違いありませんよ」と断言した。

 正雄は呆然としている藤沢を促して、鑑定所を出た。そして、先日行った喫茶店に行き、藤沢と向かい合わせに座った。ともかく事態は複雑になったと言うことが正雄の頭を占めた。

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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