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人探し(10)

正雄は、藤沢のDNA鑑定の結果を見ながら言った。
「この結果を見ると、もう一人取り違えられた赤ん坊がいたということしか考えられませんね。その赤ん坊の両親が、藤沢さんのへその緒を持っていると言うことになるんじゃないでしょうか」
藤沢は、少し気を取り直したようで、正雄の言葉に
「信じがたいことですが、そうですね。それ以外に考えられませんね。これでは、僕にとって振出しに戻ったようなもんです」
「3人が間違われたとなると、藤沢さんの持っていたへその緒は僕のもの、そしてもう一人、仮にXとすると、その人物が、あなたのへその緒を持っていて、Xは僕の両親と親子関係があり、そのXの両親があなたと親子関係がある。こういうことになるんじゃありませんか」
「そうとしか、考えられませんね」
「一つわかったことは、僕とあなたのお母さんとは親子関係があるということだけですね」
「そうですね」
「最初の予定では、僕はあなたのお母さんとうちの家族で会って、話し合いをすると言うことでしたが、これはXなる人物が見つかるまで、やめておいたほうがいいかもしれませんね」
「どうしてです?」と藤沢が聞いた。
「だって、僕の両親に、この人があなたの息子ですと言える状況なら、僕を失ったと思っても、実の息子で穴埋めできるわけですが、実の息子が分からない状況で僕はあなたたちの実の息子ではないと言ったら、両親としては、打撃が強いと思うんですよ。僕はできるだけ両親に心痛を与えない状態で事態を収拾したいと思っているんです」
「じゃあ、そのXなる人物を探すと言うことですね」
「そうです」
「でも、どうやって?」
「実は僕の友人で弁護士をしている男がいます。彼に相談してみようと思っているんです。五十嵐昇という男ですが、信頼できる男です。1月2日午後2時に、彼と会うことになっているんですが、あなたも一緒に会いませんか?」
「でも、」と藤沢は躊躇した。
「何か問題がありますか?」
「弁護士に頼むとすれば、お金がかかりますよね。僕には多額のお金は払えません」
藤沢は情けなさそうに言った。
「う~ん、そうですね。僕も離婚して間もないから、お金があまりないし。オーストラリアでは離婚すると財産を半々にするのが原則なので、別れた妻にごっそりお金を持って行かれてしまいましたよ。でも、僕を取り間違えていることは間違いがないのですから、その慰謝料を病院に請求することができるんじゃないかと思いますけれどね。ともかくそんなことも含めて、今度弁護士に相談してみませんか?藤沢さんが気が進まないようだったら、僕一人で相談しますけど」
藤沢は慌てて
「いえ、僕も仲間に入れてください」と言ったので、二人で五十嵐に会うことにした。
「ところで」と正雄はコーヒーカップを回して、中のコーヒーがぐるぐる回るのを眺めながら、言いにくそうに言葉を続けた。
「僕をあなたの会社の仲間とかなんとか言って、あなたのお母さんに会わせてもらえませんか?」
「それは勿論いいですよ。でも、母は実子に会いたがっているので、あなたにも本当は名乗りをあげて会ってもらいたいです」
「勿論、Xが見つかって、僕の両親も実子に会えることなったときには、名乗りを上げます。僕も自分勝手なお願いだと分かっていますが、今まで育ててくれた両親のことを思うと、今は実子と名乗りたくはないのです」
「僕、あなたの気持ち分かりますよ。僕の会社は3日まで休みですから、2日にその弁護士さんに会って、3日には家に遊びに来ると言うことでいいですか?」
 藤沢も正雄もそれぞれ予定表に、書き入れた。

著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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