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人探し(20)

病院の受付で院長に会いたいと言うと、すでに院長から連絡があったようで、すぐに事務の女性が、「こちらへどうぞ」と言って、病院の最上階にある、院長室に案内してくれた。
事務の女性が部屋のノックをして、「お客様をお連れしました」と言うと、「どうぞ」と、バリトンの声が中から返って来た。
 ドアを開けると、ドアの真向かいの奥に院長の机があり、その前には皮張りの高級そうなソファーと大理石のテーブルがあった。机の前に座っていた院長は椅子から立ち上がり、
「五十嵐さんですね」と言い、「私は院長の武藤清です」と言って、五十嵐に名刺を渡した。五十嵐も丁重に頭を下げて、武藤に自分の名刺を渡し、後ろに控えていた正雄を前の方に出し、「40年前この病院で生まれて、親を取り間違えられた坂口正雄君です」
武藤は少し驚いた顔をしたがすぐに、「坂口さんですか。院長の武藤です」と言って正雄にも名刺をくれた。
「どうぞ、おかけください」と院長に椅子をすすめられ、正雄たちが腰を下ろすとすぐに、秘書らしい女性がお茶を持って現れ、テーブルを取り囲んだ3人の前に、お茶を置いて、ドアの前でお辞儀をすると部屋を出て行った。
「どうぞ、召し上がってください」と院長が言うので、お茶を一口飲んだ後、五十嵐がまず口を切った。
「今回ご連絡したのは、1970年3月27日にこの病院で生まれた赤ん坊が、少なくとも三人も違った親に手渡されたことが分かり、事の真相を究明したいと思ったからです」
「1970年と言うは、私はまだこの病院に勤めていない時ですが、きのうお電話を頂いて、ともかく昔の病院の記録をほじくり返して、確かに1970年3月27日に3名の男児が生まれていることを確かめました。でも、どうして親を取り違えたと言われるんですか?」
正雄は、病院側から証拠を出せと言われるのではないかと予測し、念のために持ってきた、病院でもらった木の箱に入ったへその緒と、DNA鑑定の結果の書類を院長に渡した。
「僕は藤沢の息子だったのに、坂口史郎、峰子の子供として引き渡されました。これは、藤沢さんから借りて来た、藤沢さんに渡されたへその緒です。木箱にも藤沢聡と書かれているでしょう。この木箱は病院側が用意したものです。ところがこの藤沢聡のへその緒が、僕のDNAと一致したのです。こちらがその鑑定書です。つまり、実際には僕は坂口正雄ではなくて、藤沢聡だったんです」
「でも、その場合は、看護師が間違ってへその緒を渡したと言うことも考えられますよね」
この答えは五十嵐が引き受けた。
「そうです。しかし、今、藤沢聡と呼ばれている人物は、両親とは血液型が違っていたのです。藤沢さんはA型だったのに対し藤沢夫妻はどちらもO型だったんです。藤沢さんは今日は一緒に来られませんでしたが、このために藤沢家は分散してしまったのですよ。おまけに藤沢夫人が、子供の間違いを指摘したのに、病院側は、藤沢夫人が浮気をして作った子だと言い出し、そのため藤沢夫妻は離婚羽目に陥ったんですよ。その後の藤沢夫人と聡さんは、苦難の道をたどったんです。これは皆病院側の落ち度が原因です」
五十嵐は段々興奮して来て、口角に唾をを飛ばして院長を責めた。
しばらく黙っていた院長は、
「それでは、病院に何をしてほしいのですか」
「病院側にしてほしいことは、3つあります」
「3つも?何ですか?」
「一つ、もう一人、1970年3月27日に生まれた赤ん坊の、所在を明らかにすること。2つ目は、間違えられた人たちに対して病院側は正式に謝罪すること。3つ目は、間違えられた3家族に、それなりの慰謝料を払うこと。我々が要求するのは、この三点です」
「慰謝料ですか。いくらくらい請求されるつもりですか?」
「一家族2千万。計6千万円要求するつもりです」
要求額を聞いて渋い顔をした院長だったが、思い切ったように
「6千万円、支払いましょう」と言った。こんなに簡単に話がつくとは思わなかったので、拍子抜けした。
「しかし、条件を付けさせてもらいます」
やはり、そう簡単に病院側が折れてはこなかった。

著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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