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ある雨の夜に(3)

玲子にお悔やみを言った後、家に帰った幸太郎は、いつもなら娘の聖子が帰る前に仕事に出かけるのだが、この日は聖子の帰りを待った。娘の教育は妻に任せておけばいいと、娘の教育に関して今まで無関心だったのだが、玲子の話を聞いて、とたんに聖子のことが心配になって来たのだ。そして、4時頃帰って来た聖子に、幽霊を見た話、その幽霊が聖子の通っている学校の生徒で、いじめに耐えかねたあげくの自殺だったことを話した。興奮気味に話す幸太郎を、聖子は黙って上目使いに見ていた。
「で、お前は大丈夫なんだな。いじめる奴がいたら、すぐに知らせろ。俺がすぐに話をつけてやる」と幸太郎は父親らしいところを見せようと、かっこうつけて言った。
「ありがとう」という聖子の顔はこわばっていたが、幸太郎はうかつにもそのことに気づかず、仕事に出かけた。
 その夜、また墓地から乗車したいと言う客が出てきた。時計を見ると、きのうのように午前1時である。また、あの幽霊だと思ったが、玲子の話を聞いた後なので、不思議と恐怖よりも憐れみを感じた。
「なかなか成仏できないようだな。家に連れて帰ってやろう」と、幸太郎は墓地に向かった。やはり昨日と同じように若い女が立っていた。その日は雨が降っていなかったので、女は傘をさしていなかった。そして昨日は黄色いレインコートを着ていたが、今日は幸太郎も見慣れた高校の制服を着ていた。きのうと同じようにベリックの家まで連れて行ってやった。ただ昨日と違って、幸太郎は車の中で、女を慰める言葉を繰り返した。黙っていると、息が詰まりそうだったからだ。
「いじめにあったんだってね。大変だったね。でも、ミアさんはもう死んだんだから、もう苦しまなくてもいいんだよ。あの世で、安らかに眠ってください。南無阿弥陀仏,南阿弥陀仏」
 家が浄土真宗だったので、幸太郎は念仏と言えば南無阿弥陀仏しか知らなかったので、南無阿弥陀仏と言ったが、ミアはクリスチャンかもしれない。そう思うと、自分が随分的外れのことを言っているのかもしれないとは思ったが、南無阿弥陀仏と繰り返した。ミアはその晩も一言もしゃべらず、うつむいたままだった。そして、幸太郎がきのう来た家の前に車を停めると、ミアは、すうと消えた。
(続く)

著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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