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行方不明(7)

 時が悲しみを和らげてくれるとは、本当だった。トニーがいなくなって1年たつと、静子は毎日トニーのことを思い出すのは思い出すのだが、その思う時間が減って来たのは確かだった。ツアーの仕事も忙しかった。そしてその頃たびたび訪れて来るようになったジョンと時折一緒に食事に出かけたり映画に行くようになったのも、心の慰みになった。トニーはよくジョンのことを「いい奴なんだけど、シャイでね。だからガールフレンドができないんだよ」と言っていた。確かに口数は少ないが一緒にいるとほっとするようなやさしさをもっているジョンと会うのは楽しかった。他のトニーの友達はトニーが行方不明になって一ヶ月くらいは毎週のように電話して来てくれたり、家に様子を見に来てくれたが、だんだんと連絡も絶えがちになった。1年もすると、トニーの行方を心配してくれるのは、静子のほかには姑とジョンだけのように思えた。
そんなある日、突然警察の訪問を受けた。

 呼び鈴が鳴り、皿洗いをしていた静子は慌てて濡れた手をエプロンで拭き、ドアを開けると、ドアの向こうには二人の男が立っていた。二人は、「警察の者ですが、」と言って、警察手帳をかざして見せてくれた。

 もしかしたら、トニーの死体がみつかったというのでは、と不安になって心臓の鼓動が早打つのを感じた。
「主人がみつかったのでしょうか?」
「立ち話もなんですから、中にいれてもらえませんでしょうか」
「どうぞ」と言った声はうわずっていた。

 警官がソファーに座った所で、静子は「お茶でも」と言って席を立とうとした。悪い知らせなら一分でも、いや1秒でも先に引き伸ばしたかったのだ。しかし警官たちに「どうぞおかまいなく」と引き止められ、静子はソファーに座り直した。
警官は静子が座るとすぐに話を切り出した。「ご主人は確か行方不明になられていたんですよね」
「そうです。主人の居所が分かったのでしょうか」
「いえ、残念ながら、それはまだ分からないのですが、ご主人は空港の近くに住んでいらっしゃったことがありますか?」
「いいえ。そんなことは聞いたことがありません。結婚する前、住んでいたかも知れませんが、結婚前のことは分かりませんから、姑にきいてくださったほうがいいと思います。それが、何か主人の失踪に関係があるのでしょうか?」
「それも、よく分からないのですが。それじゃあ、お姑さんの住所を教えて頂けませんか?」
「それは、構いませんが、何のためにそんなことが知りたいんですか。」
「『残酷男』って聞いたことがありますか?」

 静子には『残酷男』などという言葉は初耳だった。
静子はかぶりを振って答えた。
「『残酷男』なんて、聞いたことがありません。誰のことですか?」
「7年前に少女を狙った連続暴行事件がありましてね。その犯人のニックネームが『残酷男』っていうのです」
「そうですか。私はオーストラリアに来て1年ちょっとですから、私がオーストラリアに来る前にあった事件なのですね」
「そうなりますね。『残酷男』の捜査は5年前に一旦打ち切られていたんですが、新しい情報が入ったので捜査を再開することになったんです。被害者の一人は事件直後はショックのため犯人に関する記憶を失っていたのですが、最近になって、ぽちぽちと犯人の手がかりになるようなことを話し始めたのです。その子は犯人に『目隠しを取ったら殺すぞ』と脅かされたが、犯人がトイレに行った隙に目隠しを取って部屋を見渡したら、オレンジ色のカーテンが掛かっていたと言うのです。そしてその家は、ガレージの左側に玄関があったこと、そして飛行機の音が絶えず聞こえていたということなどを思い出したのです。その被害者を解放する前に、犯人は懇切丁寧にその子を洗い証拠となるようなものを徹底的に洗い流したのですが、その時の浴槽のすぐそばに手洗いがあったことなどが分かったんです。ですから今はその犯行に使われた家を探すことになって、空港のそばに住んでいた人を洗っているのです。ですから、何かそういった情報が耳に入りましたら、お知らせください」と名刺を置いていった。

 夕食のかたづけが終わった頃、姑から電話がかかってきた。
「今日、警察が来たわよ」
「ええ、昼間私の所に来たのですが、トニーが昔住んでいた家について聞きたいと言うので、私には分からないからと、お母さんの電話番号と住所を教えたんですが。トニーは空港の近くに住んでいたことがあるんですか?」
「ええ、あるのよ。日本に行く前に、1年くらい小さな商社に勤めていてね。その会社の近くのうちに住んでいたことがあるの。その会社が空港の近くだったんでね。そのうちは2人でシェアしていてね。そのシェアメイトの名前も聞かれたんだけど、随分昔のことだし、そのうちに住んでいたのは1年くらいだったものね。覚えてないのよ。警官が来たときはてっきりトニーの居所が分かったのだと思ったのに」とため息をついた。
「私も、どっきりしましたわ」静子は苦笑いをしながら答えた。




次回に続く.....

著作権所有者・久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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