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墓巡り(2)

矢継ぎ早に聞く私に、フィオーナさんは、落ち着いた声で答えた。
「夜道を一人で歩いていて、いきなり後ろから知らない男に羽交い絞めにされて、近くの野原に引っ張り込まれてレイプされたうえ、首を絞められて、殺されたの」
僕は余りにも思いがけない話を聞かされて、しばらく声が出なかった。やっと、声が出た時は、少しフィオーナが無防備なのを非難する声になっていた。
「どうして、夜道を一人で歩いたんですか?女の独り歩きなんて危ないじゃないですか」
「パブでお酒を飲んで、ほろ酔い気分で歩いていたの。パブは家から歩いて10分の所にあったからね。大丈夫だと思ったのよ。ボーイフレンドが『迎えに行こうか』と電話してくれたけれど、『大丈夫』と言って断ったの。多分10年も前だったら、お酒飲んで夜独り歩きをするなんて女の方が悪いと言われたでしょうね。でも幸いにも今は21世紀。女性だって自由を謳歌できるのが当たり前だと思われている時代だから、多くの女性が怒りの声を上げてくれて、私の死を悼んでくれたわ」
「そうなんですか。それで、犯人は捕まったんですか?」
「ええ、半年もかかったけれど。近頃はどこにでも防犯カメラがあるから、私にからんでいる男の映像がパブの近くの防犯カメラに映っていたの。その男って言うのが性犯罪で一度刑務所に入っていた男だったの」
「犯人が捕まっては良かったですね」と言った後、僕は犯人が捕まったのは良かったけれど、殺された人にとっては犯人が捕まろうが、捕まらなかろうが、あまり関係ないんだろうなと思い直した。
 フィオーナに「もう暗くなってきたから僕も早く家に帰った方がいいわよ」と言われ、慌てて辺りを見回すと、薄暗くなってきた。
 突然恐怖に襲われて、僕はフィオーナにさよならも言わないで、駆け足で墓地を出た。家に向かって走っている間、僕の悲しみや腹立たしさなどがすっ飛んでいた。そのことは、家に帰って安心した時に、思い出した。
 次に墓場に足が向いたのは、フィオーナと話した10日後のことだった。父親から「お前なんか生まれてこなければよかったのに」と言われ、ショックで頭が真っ白になったからだ。
 墓場はいつものようにひっそりとしていた。フィオーナのお墓はどこだったろうかと見渡していると、小さな銘板だけに名前を彫り込まれている墓が目についた。銘板には「アマンダ・テイラー。エリック・テイラーとレイナ・テイラーの愛する娘、2015年3月15日に眠る」と書かれていた。生まれた年が書かれていない。どうしたんだろうと思っていると、突然小さな子供の声が頭に響いてきた。
「あなた、どうして私の生まれた日が書いてないんだろうと、不思議に思っているわね」と子供は言う。
どうして僕の考えていることが分かるのだろうと思うと、少し薄気味悪かった。

著作権所有者:久保田満里子


 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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