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一(はじめ)と一子(最終回)

「豊島さんの飛行機は1942年2月、ダーウィンから北へ70キロ離れたメルビル島に墜落したそうです」
一子は、そのことはすでに小山から聞いて知っていた。
「墜落して5日後、島民のアボリジニに見つかって、メルビル島の沿岸警備部隊に引き渡されたそうです。逮捕された後は目隠しをされて、オーストラリア本土のダーウィンに連れて行かれ、尋問を受けたそうです。その時、南忠男と名乗ったそうです」
「南忠男?どうしてそんな偽名を使ったのでしょう?」
不思議がる一子に中野は、
「ほとんどの捕虜は偽名を使っていたんですよ。本名が分かれば、不名誉な捕虜になったと日本にいる家族が誹謗を浴びるのを心配したからですよ」と、答えた。
「南忠男と言う人物が僕の興味を引いたのは、オーストラリアにおける日本人の捕虜第一号だったこともありますし、1944年8月5日に起きたカウラ暴動の中心人物だと思ったからです」
「暴動を起こしたなんて。一さんはとても温厚な人でしたから、暴動の中心人物になるなんて、信じられません」と、一子は抗議した。
「そうなんですよね。最初は僕は彼が暴動を扇動したのだとばかり思っていたのですが、
豊島さんを知っている人の話を聞いていると、とてもそんなことをする人とは思えないのですが、何かが彼を変えたのかもしれません。それに必ずしも彼が扇動したと言う訳でもなさそうですし。結局、トイレットペーパーを使って、皆で暴動を起こすかどうかの決を採って、暴動を起こしたわけですから、彼一人に責任を負わせられません。彼は英語が上手だったそうで、日本人の捕虜とオーストラリア軍の交渉の際には通訳として活躍したそうです。そこで、日本人の捕虜仲間から一目置かれる存在になったようです」
「一さんが英語が上手だったなんて、初めて聞きました」
「どうやら、収容所にいる間、一生懸命英語を勉強したようですよ。脱走も何度か繰り返していましたから、きっと日本に帰るための情報を得るにはどうしても英語が堪能でないといけないと、思ったからでしょう」
「暴動の原因は何なんですか?捕虜の取り扱いがひどかったんでしょうか?」
「その反対ですよ。捕虜たちはかなり自由を与えられ、野球のチームを作って楽しんだり、お芝居も制作していたということです。食べ物もふんだんに与えられ、優遇されていたと言うことです」
「それじゃあ、なぜ暴動何か起こしたんでしょうか」
「それは、自分の仲間たちが苦労をしているのに、自分たちはこんなに楽をしていいのだろうかと言う自責の念にかられたのだと思いますよ。オーストラリア軍にとっても、優遇していた捕虜に暴動を起こされるなんて夢にも思っていなかったでしょうね。その暴動で、南、いや、豊島さんは突撃ラッパを吹いて、真っ先に収容所から脱出をしようとして、銃弾のために倒れたけれど、それでも死にきれなくて、仲間にナイフを借りて喉を掻き切ってなくなったということです」
一子は一瞬息をのんだ。一が、自決をしたなんて、信じられない。どうして生きて帰ってくれなかったのだろう。そう思うと、一の言っていた言葉を思い出した。
「僕は、捕虜には絶対ならない」
「結局、豊島さんは死に場所を求めていたんでしょうね」と、中野は感慨深げに言った。
「一さんの遺骨はどうなったのでしょうか。戦死の知らせを受けた時は、遺骨さえもらえませんでしたが」
「南忠男と言う名前で、オーストラリアのニューサウスウエールズ州にある、カウラと言う町の郊外にある日本人墓地に埋められていますよ」
「そうだったんですか」
一さんは遠いオーストラリアの地で眠っている。無縁仏になって、誰にも弔われることもなく眠っていたんじゃなかった。そう思うと、少し一子の胸の内に秘めていたわだかまりが、消えて行った。あの戦争がなかったら、私と一さんは今頃何をしていただろうと思わず想像してしまう一子だった。

謝辞:中野不二男氏の「カウラの突撃ラッパ 零戦パイロットはなぜ死んだか」を参考にさせていただきました。

終わりに:
この物語を読んでくださった方々にお礼を申し上げます。
去年亡くなった友人、ロウ弘子さんが、常々南忠男に関する小説を書きたいと言っていたのを思い出し、彼女の代わりに南忠男に関して物語が書ければと思っていましたが、何とか完成させることができました。この物語をロウ弘子さんに捧げます。

著作権所有者:久保田満里子



 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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