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キラーウイルス(1)

ここはアジアにある、ある国の議事堂の中にある委員会室。大きなテーブルを囲んで、12人の男と3人の女が深刻な顔をして、議論をしている。
「昨日の新たなキラーウイルスの感染者数は152人で、今までの感染者数を合計すると、1589人になります」
「感染症対策委員長 山中誠二」と名札が立てられている席に座っている50代の男が、手元の書類を見ながら、出席者に報告をした。
 今X国から始まったインフルエンザのような症状に似た疫病が猛威を振るって世界中に急速に広まり、世界の国々は何とかその感染を止めようと躍起になっている。ここ、Y国も例外ではなかった。
「つまり、まだ日々感染者数が増えていると言うことですね」と、「総理大臣 古川正平」と名札のついた席に座っている男が確認をした。
「そうです」と、山中が答えると、厚生大臣の伊藤みゆきが、
「感染者の治療法は、あるのですか?」と聞く。
「まだワクチンを作るには1年くらいかかりそうですから、いまのところ、対症療法しかないのですが、ECMOと呼ばれる肺に代わって呼吸をしてくれる機械が、有効だと言う報告を受けています」と、山中は答えた。
「そのECMOは、わが国では何台くらいあるんですか?」と、伊藤が聞く。
「4千台ぐらいあると、推定されます」
山中のこの答えを聞いた出席者全員からため息がもれた。
「我が国の人口が1億。100年近く前に起こったスペイン風邪と呼ばれるインフルエンザでは人口の3割近くが感染したと言うことですが、もしもこのまま感染者が増え続ければ、3000万人の感染者が病院に押し寄せることになりかねません。とても我が国の医療機関では対処しきれませんな」と、眉間にしわを寄せて、法務大臣の渡辺欣二が言った。
「そうです、たとえECMOを新たに購入しても、これを使えるための訓練が必要ですが、そんなことをしていたら、間に合いません」と、山中が見解を述べる。
「つまり、治療できる人数は限られると言うことですね」と総理大臣が言う。
「そうです。今でも感染者を受け入れられる病院は限られています。と、言うことは、治療対象を制限せざるを得ないかもしれません」と、山中が沈痛な面持ちで言う。
「治療を断らなければいけない感染者もいることになるのですか」と伊藤。
「今の所8割程度の感染者は、軽い風邪を引いたくらいの症状で回復していますが、あとの2割は集中治療室での手当てが必要です。つまり将来的には、600万人の感染者が出ることを予想する必要があります」
「じゃあ、治療を断る対象を決めなければいけないと言うことになりますな」と渡辺が言う。
「当然重症の患者を優先すべきでしょう」と、総理。
「それでも、対処できなくなった場合、治療を断る対象の基準をどう決めるかが、最大の問題になりますね。どなたか、このことに関して、お考えのある人、いますか?」と総理は出席者全員の顔を眺めまわした。誰も、すぐには、声を上げない。
しばらく沈黙が続いた後、総理がおもむろに言った。
「今まで感染して死亡した人は、高齢者が多いですね。つまり、高齢者は治療しても治らない可能性が高いと言うことになりますね。どうでしょう。感染者が増えて病院で対処できなくなった場合、思い切って高齢者の治療よりも若者の治療を優先させる処置をとっては」
老人の治療を後回しにすると言うのは、出席者全員の頭に浮かんだが、それを口に出して言うのははばかられたので、口をつぐんでいた。すぐに、人権擁護をモットーとする野党に猛反対されるのは、目に見えている。それに福祉国家を目指しているY国としても、取りたくない政策だ。このことで、人民の心が離れて、次期政権を野党に取られては困る。誰の頭にも、こんな思いが浮かんでいた。

注:これはフィクションです。

著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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