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船旅(3)

船長のピーター・マクミランが皆がそろったところで、自己紹介をしてもらいましょうと言った。
 船長の隣に座ったために、まず光江から自己紹介をすることになった。
「光江・マーフィーです。隣に座っているニール・マーフィーの妻です。日本人ですが、オーストラリアには35年住んでいます。通訳をしていましたが、5年前に仕事をやめました。この度はニールが退職をしたのを機に、この船旅をすることにしました」とだけ言って、ニールに自己紹介のバトンタッチをした。ニールがどんな自己紹介をするのか、興味があった。
「ニール・マーフィーです。コンピューターのシステムエンジニアをしていましたが、去年の12月で退職しました。妻とは日本で会い、結婚しました。今までなかなか二人一緒に旅行をする機会もなかったので、この度、この船旅に参加しました。日本は勿論、香港、そしてアメリカは行ったことがありますが、インドネシアや、カナダには行ったことがなかったので、とても楽しみにしています」とニールも光江と同様これと言って面白みのない自己紹介をした。
例の女性はどんな顔をして聞いているか、彼女の顔を見たが、たいして興味もなさそうに、ワインを飲みながら、ニールの自己紹介を聞いていた。
 それから、ニールの隣に座っていた、太った50代の女性が自己紹介をした。
「カレン・ウイルソンです。実はこの船に乗るのは2度目です。初めて乗ったのは20年前です。その時、私は失恋した痛手を癒すためにクルーズ船に乗ったのですが、その船で、今私の隣に座っている夫のスコットと出会いました。今年は20年目の結婚記念を祝って、二人が出会ったこの船でまた旅をすることにしたのです」と言うと、誰からともなく拍手が沸き上がり、「結婚20周年記念おめでとう!」とあちらこちらで声があがった。光江も勿論その拍手に加わった。その拍手が終わると、船長が「いやあ、この船がお二人のキューピットになったなんて、嬉しい限りです。実は、一年に4,5人の人から、この船で出会った人と結婚したと、お礼の手紙がくるんですが、船はどうも出会いの場を提供するようですね。喜ばしい限りです」とにこにこしながら言い、「それじゃあ、お二人の結婚20周年記念を祝って、皆さんで乾杯しましょう」と乾杯の音頭を取った。船長の言う、船が男女の出会いの場になるなんて、光江は考えたこともなかったが、向かい側に座っている女は、もしかしたら、新しい出会いを求めているのかもしれないと、自分勝手に解釈した。
 そして、例の女性に自己紹介の番が回っていった。その女は、「アマンダ・チャーチと言います。今さっき船長がおっしゃったように、実は私もあわよくば、未来の夫と出会えるのではないかと期待して、この船旅に参加したのですが、カップルの方が多く、余り独身男性はいらっしゃらないようで、残念です。もし皆さんの中で素敵な独身男性をご存知の方がいらしたら、是非紹介してください」と言って、にっこり笑った。光江はなんと率直な物言いをする人かと驚くと共に、その率直さに好感を持った。独身の男性を探していると言うことは、既婚者であるニールは、彼女の視野に入っていないということだと思うと、安堵した。それから、その女の自己紹介の後に小柄でかわいいフランス人形のような感じのリンダと、のっぽのアンドルーと言う50代に見れるカップルが自己紹介をした。二人はアメリカにいる娘に子供が生まれたので、アメリカに行くのが目的で、この船に乗ったと言うことだ。「ですから、皆さんとは、サンフランシスコまで、ご一緒させていただきます」ということだった。最後に、黒くてウエーブした髪が印象に残るナターシャと口ひげを生やした紳士然としたマイクと言う50代のカップルの自己紹介があった。ナターシャとマイクは共に高校教師で10年ごとに3か月の休暇が与えられるロング・サービス・リーブを利用して、この旅に参加したと言うことだ。結局、このグループの中では、アジア人は光江だけだった。
 その後、光江たちはその夕食会をきっかけで知り合ったカップルたちとは頻繁に一緒にテーブルを囲むことが多くなったが、アマンダだけは、姿を見かけなかった。きっと独身男性を探すので忙しいのだろうと、光江は推測した。

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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