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船旅(15)

ニールは、重い腰を上げてドアを開けて、刑事たちが部屋に侵入するのを妨げるように入り口に立ちはだかって言った。
「昨日の刑事さん達ですね。僕たちが知っていることは全部お話したはずですが…」
「被害者の携帯を調べたら、あなたの電話番号が入っていました。あなたは、彼女とはそれほど親しくないと言うお話でしたが、本当は親密だったんじゃありませんか」
 『親密?確かにそうだったが、同じASIOに籍を置いていたことがばれると、面倒なことになる。きっと、香港警察では彼女がASIOのスパイだと言うのは分かっているのだろう』という思いが一瞬ニールの頭を駆け巡った。ニールはアマンダは香港警察の手によって殺害されたと確信していたので、アマンダとの関係は、極力秘密にしたかった。
次にニールの口からとっさに出た言葉は、
「ちょっと、妻には聞かれたくないので、外でお話しできませんか?」と小声で言って、チラッと光江の方を見た。その思わし気な様子に、刑事は、「それじゃあ、デッキにでも出て、お話を伺いましょうか?」と言って、ニールを挟んで、二人の刑事は、光江のもとから立ち去った。
 光江はとたんに不安に襲われた。
あのニールの様子だと、きっとアマンダと不倫関係だったと言うつもりだと、光江は思った。どこまで、二人の関係を隠し通せるかはニールの手腕による。そう思うと、刑事たちが二人の不倫関係を疑わないようにと祈るような気持になった。すると、自分が二人の不倫関係を疑った時のことを思い出し、思わず苦笑いをした。
 30分ばかりたって、ニールは戻って来た。疲れたようなニールの顔を見て、光江は不安になった。
「どうだった?あなたがアマンダと不倫関係だったって、刑事たちは信じてくれた?」
「いやあ、根掘り葉掘り聞かれて、作り話をとっさに考えるので、大変だったよ」
「どんなことを聞かれたの?」
「いつ彼女に会ったのか。どういう状況で会ったのかとか。主にどこで二人で過ごしたかとか。君に気づかれなかったのかとかさ」
「で、私は気づいていたことになっているの?」
「いや。まだ気づいていないことになっているよ。だから君も、そのつもりでいてくれ」
「分かったわ。で、警察の方は、納得いったようだった?」
「それがよく分からない」
 だからニールは不安がっているのかと、光江は納得した。
「今から、船長に会いに行ってくるよ。打合せしたいことがあるから」
「そう。刑事に尾行されないように注意してね」
ニールは苦笑いしながら、
「僕は、そういうのプロだからね。へまはしないさ」と言って、また出かけて行った。

ちょさ

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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