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船旅(17)

 翌日の午後9時に船は香港を離れ、日本に向かうことになっていた。ニールは、その日は、リーの警護のことで、頭がいっぱいのようで、光江に、自分は船にいるから、一人で街の見物にでも行ってくれと言った。光江は、一人で行動しなければいけないのは、気が進まなかったが、リーの命が脅かされていることを考えれば、わがままは言っていられないような気がして、昼前に一人で昼ご飯を食べるために下船をした。その日も中華料理を食べた。その後、旺角(もんこっく)に買い物に出かけた。たくさんの出店が並び、通りは人で込み合っていた。それぞれの店は華やかな色で飾り付けがしてあって、光江の沈んでいた気持ちをうきたたせてくれた。そして、一軒ずつ店の売り物に目を通し、子供の家族へのお土産を買うことに専念した。いつもは買い物嫌いのニールがせかすので、さっと目を通すだけだが、この日は、時間をかけて、土産物を選ぶことができた。そして、午後5時には船に戻っていった。
 ニールは部屋にいなかったので、ニールの携帯に電話を入れたが、ニールはなかなか出てこなかった。なんだか胸騒ぎがして、部屋を出て、ニールを探しに行った。一番ニールがいる可能性の高いデッキに行ったが、日も暮れかかり始めたせいか、ほとんど人が見えず、ニールの姿もなかった。次に大食堂に行ってみたが、今日は晩御飯は出ないせいか、ここも人が少なく、ニールは見当たらなかった。部屋に引き返そうと思った時、光江たちの部屋の清掃などをしてくれるフィリピン人の乗務員が、階段の手すりを拭いている姿を見かけたので、「ちょっと、聞きたいことがあるんですけど」と声をかけると、その女は「ご主人をお探しですか?」と言ったので、光江は、どうしてこの女は自分がニールを探しているのを知っているのだろうと、驚いた。
「そうだけど、主人がどこにいるのか、知っているの?」と聞くと、
「ご主人は刑事さんと一緒に下船しましたよ」と、階段を拭く手を止めないで、こともなげに答えた。
そう聞くと、光江は不安に襲われ、胸がざわざわし始めた。
「そうなの。それって、いつのことかしら?」
「そうですね。私が部屋のお掃除に行った午前11時頃でしたよ」
「それじゃあ、朝から警察に連れて行かれたってことね。ありがとう」
光江は先日事情聴取に来た刑事、ケビンがニールに名刺を渡したのを思い出し、すぐに部屋に引き返した。確かニールは机の引き出しに、その名刺を入れたはずだ。引き出しを開けて見ると、ケビンの名刺はすぐに見つかった。ケビンに電話して、どうしてニールを連れて行ったのか聞かなければいけないと、気が焦ったが、下手なことを口走って、やぶへびになったらもともこもないと思い直し、深呼吸を一つして、頭の中を整理してケビンの携帯番号を押した。
呼び鈴が鳴り終わるとすぐに、「ケビン」と言う声が聞こえた。
「私、ニールの妻の光江ですが、主人がそちらに連行されたと聞きましたが、本当なんでしょうか?」
「ああ、奥さんですか?ニールさんはこちらに来てもらっています」
「どうしてです?何か主人がアマンダさんの殺害の容疑者にでもなっているのでしょうか?」
「こちらの捜査に関しては、何もお答えできません」と、取り付く島もない。
「主人は、いつ帰ってきますか?もし、8時までに帰って来られないようだったら、この船に乗れなくなります。だから、早く返してください」光江は必死の思いで懇願した。
「それは、ご主人がどこまで正直にこちらの質問に答えてくれるかによりますよ。まあ、奥さんの方でも、何かアマンダさんの殺害事件について、何か知っていることがあれば、教えてくだされば、こちらとしても捜査がすすむんですが、何かありませんかね」と横柄に言った。
「何もありません」と力なく答えると、光江は電話を切った。

ちょさ

 

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2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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