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夫の秘密(1)


希子は、毎年日本の春の1か月は日本で過ごすのを慣例にしている。夫のトムが、「お母さんに会いに行って来たら」と勧めてくれるから、夫に気兼ねすることなく1か月メルボルンの家を留守にすることができる。日本の実家では、両親が毎年希子が帰るのを楽しみにしていてくれる。希子の日本人の友人たちは、「理解のあるご主人を持って、幸せねえ」と言う。自分でもラッキーだと思う。結婚して5年もたつが、新婚の時からの毎朝目覚めにはベッドまで紅茶を持ってきてくれる習慣は今も変わらない。トムは仕事に行かない日は、こまめに料理も作ってくれる。自分で会計事務所を経営し、経済的にも安定している。ちょっと背があまり高くないことを除くと、顔もトム・クルーズに似てハンサムだ。トムは理想的な夫だ。本当に私は幸せだと、希子は思う。
 ところが、去年日本から帰ってみると、なんだかうちの様子が変わっているのに気が付いた。いつも希子が愛用しているタワシが台所から姿を消し、代わりに柄のついたブラシがシンクの横に立てかけてある。植木鉢が二つ増えている。そして一番気になったのは、夫が派手な色のパンツを買っていたことだ。派手な色のパンツなんて、夫の好みだとは思えない。地味な色が好きで、私に買ってくる服と言えばベージュとか黒とか灰色ばかり。一体自分がいない間にトムにどんな心境の変化が起こったのだろう。それとも、トムに私の知らないところで女ができたのだろうか?勿論トムに率直に聞くのが一番手っ取り早いのだが、そう言ってトムを追い詰めることになって、離婚と言うことになるのは、避けたい。考えれば考えほど、トムに女ができたと言う疑惑が次から次へ湧き上がって来る。しかし、メルボルンにいる間、注意深くトムを観察したが、これと言った不審な様子が見られない。トムは相変わらず優しく、家事もこまめに手伝ってくれる。だから、これから自分がどういう態度でトムに接すべきなのか当惑する一方、相手がどんな女なのかを知りたい気持ちも抑えられない。そんな気持ちでうじうじ過ごしていたら、いつの間にか1年が経っていた。
 今年、日本に行く前に希子は一大決心をした。探偵を雇って、トムの浮気調査を依頼して、真相を突き止めることにしたのだ。探偵に支払う料金は安くなかったが、今の不安な気持ちを考えると、それくらいの出費はやむ負えないと覚悟し、なけなしのへそくりを半分以上も使った。そしてメルボルンを発った。空港に見送りに来たトムは、いつものように「ゆっくりお母さんと遊んできて」と言ってキスをして笑顔で見送ってくれた。搭乗口に入る前振り返って手を振る希子の心の中でつぶやいていた。
「あなたは、私がいない間、どんな女と遊んでいるの?」

著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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