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夫の秘密(5)

「なんで、私があなたの浮気のせいでエイズにかからなきゃいけないわけ?」
思わず希子は怒鳴り返していた。なんで、なんで私がこんな目に合わなければいけないのだと思うと、希子は情けなくなって、むせび泣いた。そんな希子を見て、トムは優しく希子の背中を撫で始めたが、そんなトムの手を希子は邪険に振り払った。
もう食事をする気にもならなくて立ち上がって、客用の寝室に逃げ込んだ。泣き疲れて少し冷静になって来ると、ともかく自分がエイズにかかっているかどうか、調べることが最優先だと感じた。トムと離婚するかどうかはその後考えればよい。そう心に決めた。その晩、希子は客用の寝室で寝た。翌日トムと一緒に病院に行ったが、道中希子の機嫌を取ろうとしきりに話しかけて来るトムを、希子は無視した。血液採取され、1週間後に結果が出るので、連絡すると言われた。血液採取の看護師が慎重に手袋をして、採取が終わったところで、ごみ箱に手袋を捨てるのを見て、希子は自分は伝染病にかかったんだと言う思いを強くした。
それから結果が出るまでの1週間は、当然のことながら、トムと希子の仲は険悪ムードが漂っていた。希子は客用の寝室で寝るようになり、必要限度のことしかお互いに言わなかったし、お互いを避けた。
 「これから、どうしよう」と希子はそのことばかりを考えて過ごした。
もし、エイズにかかっていたらと思うと、トムに対する憤りと、恐怖が込み上げてきた。
 離婚をするかどうかに関しては、決心もつかないまま過ごした。離婚をした後の経済的な問題も考えなければいけなかった。専業主婦で過ごした希子には、これと言った職につけるかどうか自信がなかった。英語だって、日常会話に困らない程度にしかできないし、自分にできる仕事を考えると、せいぜい、レストランのウエートレスか、土産物店での店員くらいしか、思いつかなかった。
 大学の文化祭で同じ大学に留学していたトムと会い、大学在学中にプロポーズをされ、大学を卒業するのと同時にトムと結婚してオーストラリアに来た。
 子供はできなかったが、それなりに楽しい結婚生活だった。今回のカルロとのことさえ起こらなければ、トムは理想の夫だった。楽しいと思っていたのは自分だけだったのだと思うと、悔しさで顔が引きつった。
 それから1週間後、検査の結果を知らせる電話がかかってきた。トムが電話に出たのだが、トムは黙って「はい、はい」と相手の言うことに応え、静かに電話を切った。
「どうだったの?」と不安げに希子が訊いた。

著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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