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夫の秘密(8)

翌日、英語塾へ行って、村上勝と言う塾経営者の面接を受けた。村上は40代で、ハンサムで物腰もあか抜けた人物だった。
「オーストラリアにいらしたんですね。うちではアメリカ英語をモットーにしているのですが、アメリカ英語は話せますか?」
「ああ、よくオーストラリアではtodayをトダイなんて、発音するとよく言われますよね。でも、大学までアメリカ英語を習っていましたから大丈夫だと思います」
そう言うと村上は突然英語に切り替えて話し始めた。希子の英語力をテストしようと言うのだろう。村上に
How are you?
と突然言われて、思わずオーストラリア流にgoodと答えそうになるのを抑え、
Fine, thank you.
と言うことができた。
そうすると、オーストラリアに行った当初感じた、アメリカ英語とオーストラリア英語との違いからくる違和感を思い出した。
ガソリンスタンドは、米語ではGas station だが、オーストラリアではpetrol station, 車のトランクは、米語ではtrunk で、オーストラリアではboot、おむつは米語ではdiaperだが、オーストラリアではnappy。休暇は米語ではvacationで、オーストラリアではholiday。オーストラリア独特の、She will be right、大丈夫だよと言う意味の表現もあったなと、頭の中を表現の違いが駆け巡った。
日常会話から始まった村上との英語の会話は、政治や国際問題にまで話が発展し、30分にも及んだ。海外で生まれ育ったと言う村上の英語の発音は、アメリカ人と変わらず、さすがにアメリカ人の講師もいる英語塾の経営者だけのことはあった。
それに比べて希子の方は、日常会話は簡単にこなせたものの、政治や国際問題の話になると、たどたどしくなるのが自分でも歯がゆかった。これでは、採用もおぼつかないのではないかと不安になり、希子が頭が疲れたなと思い始めた頃、やっと村上に
「それでは、来週から初級のクラスを教え始めてください」と言われた。
希子はほっとすると同時に、思わず笑顔になって、
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」とお辞儀をしながら、村上と握手をした。その後、希子が受け持つことになるコースのテキストと指導の手引きの本をもらって、英語塾のあるビルを出た希子の足取りは軽かった。

ちょさk

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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