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足立良子さんの物語(最終回)

足立良子さんと再会して親しく話すようになったのは、私がメルボルン大学を退職した2009年頃からのことである。彼女と一緒にお昼ご飯を近くのレストランでして、足立さんが書いた2冊の戦争捕虜に関する本のことを初めて知った。その時、足立さんは、その本を邦訳して、日本で出版しようと思っているんだと、張り切っていた。「日本の人にも知ってほしいし、知るべきだと思うの」と彼女は言っていた。私には彼女の本を読む勇気がなく、本を手に取ったことはなかったが、そんなテーマに取る組むなんて、勇気のある人だと尊敬の念を持った。
 それから、私は良子さんに会うこともなく、何年もの月日がたった。彼女のうわさを聞いたのは2019年の終わりころだった。その話は衝撃的なものであった。2018年に、首の手術をしたことがもとで、彼女が身体障碍者になったと言うのである。彼女に連絡を取ると、彼女の家の近くの喫茶店でお昼を一緒にしようと言うことになった。歩行器を使って、家から歩いてきたと言う良子さんに、その時、詳しい話を聞くことができた。
 なんでも手がしびれるようになり、医者の勧めで、首のところを手術したところ、手術が失敗。四肢麻痺におちいり、医者から「あなたは生涯歩けないから、老人ホームにはいりなさい」と言われたそうだ。その時の彼女のショックは並大抵のものではなかったことだろう。しかし、彼女は「私には、やることがあるんです。だから老人ホームに入るのは絶対嫌です」と、医者のアドバイスを突っぱね、家に帰ったそうだ。その時の彼女は、オーストラリアの戦争捕虜の話を日本の人にも知ってもらいたいと言う使命感に燃えていた。家を車いすで移動できるように改装し、今もそうだがヘルパーさんにも来てもらい、リハビリを頑張ったそうだ。
 2020年はコロナ禍で、年の大半は外出禁止令が出されたため、彼女がどのように暮らしているか気になったが、会うこともなく過ごした。
 冒頭でも言ったように、2021年のお正月、私は彼女に会いに行った。呼び鈴を押しても、なかなか出て来られないだろうと思いきや、すぐに出て来た彼女は杖もつかず歩いていたのにはびっくり。やはり外出する時は歩行器がいるそうだが、家の中では杖がなくても歩けるようになったそうで、彼女の努力に感動を覚えた。そして、彼女の言葉にも心打たれた。
「私はいろんな人のお世話になって生きていると、つくづく感じるのよ。だから、人の情けが身に染み、感謝の気持ちでいっぱいなの」
 華々しい活躍をしていた良子さんを襲った災難。その災難を乗り越えて、勇気をもって前向きに生きている良子さんには、頭が下がる思いである。

謝辞:良子さんからじかに聞いたお話以外に、「ユーカリ出版」(http://www.yukari-shuppan.com.au/)のインタビュー記事も参考にさせていただきました。

追記:良子さんの書いた「Shadows of War」と「  Echoes of War」は、希望する方に無料で提供してくださるそうです。希望する方は、コメントの所に希望する旨、お書き込みください。

ちょさk
 


 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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