熱血母ちゃん(最終回)
更新日: 2022-09-05
その日、いつもの通学路の川の土手を歩いていると、河原で、男の子たち3人がもめているのが見えた。お母ちゃんは、その子たちに大声で、「何してる!」と言うと、河原に駆け下りた。すると、一人の男の子が、後の二人に一方的に殴られていたことに母ちゃんは気づき、「やめなよ」と駆け寄ると、殴っていた二人が殴られている子を置いて逃げ始め、振り返り際に「ばばあ、覚えていろよ!」と捨て台詞を言った。お母ちゃんも負けてはいない。「それは、こっちの言うせりふだ」と怒鳴り返した。一人残された男の子は、唇が切れていた。「あんた、大丈夫?名前は何ていうの?どうして殴られたの?」
男の子はお母ちゃんの質問には答えないで、立ち上がり、「もう大丈夫です。ありがとうございました」と頭を下げると、走り去った。
走り去る男の子を呆然として見送りながら、お母ちゃんが土手に戻ってくると、成り行きを見ていた女の子が、「おばちゃん、あのいじめられていた子は藤堂正樹君で、いじめっ子の一人は高橋徹って言うんだよ。二人とも6年3組だよ」とお母ちゃんに教えてくれた。
「よっしゃ。先生に言って、なんとかしてもらってやるよ」
お母ちゃんは、保護者の役員会が始まる前に、校長先生に面会を申し込んで、この朝の出来事を話し、善処してもらうように頼んだ。
その事件は、それで終わったと思っていた。ところがその出来事も忘れかけた一か月後の土曜日の朝のテレビニュースを見て、お母ちゃんも良太も腰を抜かすほどびっくりした。
「今朝、XX川の土手を散歩していた人が、河原に裸で転がっている死体を見つけ、警察に通報しました。死体は、土手の近くに住む、小学6年生の藤堂正樹君と判明しました」
テレビのカメラには、正樹の死体のそばにうずくまって泣いている正樹の母親とおぼしき女性と、その母親を慰めるように、母親の肩を抱いている父親らしき人物が見えた。
「何よ、これ。河原でいじめられていた子じゃないの。学校の先生に言ったのに、なにもしてくれなかったんだね」と、お母ちゃんは悔しそうに唇をかんだ。
それからにわかに出かける支度をすると、死体が発見されたという河原に駆け付けた。一か月前に正樹たちを見かけた河原から数十メートル離れたところには警察の立ち入り禁止のテープが張り巡らされていた。死体はすでに運び去られており、何人かの警官が、犯行現場の警護にあたっていた。お母ちゃんが、警官に「犯人はもう分かったんでしょ」と、聞くと、
「まだ捜査中です」と言う答えが戻ってきた。
「犯人は、決まっているじゃない。あの子は高橋っていう子にいじめられていたんだよ」
「警察としては、本人の自供か何らかの証拠がなければ、犯人とは決めつけられないんですよ」
「じゃあ、高橋っていう子からは事情聴取しているのね」
「捜査中の事なので、そういうご質問には答えられません」と警官から言われ、お母ちゃんは不満げだった。
その晩の夕刊に、事件が解決したと言う記事が載っていた。
「8月15日午前一時、小学6年生の藤堂正樹君は、同級生の高橋徹と、徹の兄、高橋正二(中学2年生)に呼び出され、二人に暴行を受けたうえ、裸で川に投げ込まれた。死因は、窒息死だった。二人の供述によると、今まで一緒に夜遊びをしていた正樹君が、今年の6月ごろから、メールを出しても無視して誘いに応じなくなり、腹を立てて、リンチしたということである」
お母ちゃんが、「誘いに応じなかったくらいで、殺されちゃったの。かわいそうに。あの時、おばちゃんが何かしてあげていたら、こんなことにならなかったも知れないね」と、ぽろぽろと涙を流しだしたのに、良太はびっくりした。良太が見た初めてのお母ちゃんの涙だった。今まで同級生から熱血母ちゃんと言われるのが、恥ずかしくてたまらなかったが、良太は泣いているお母ちゃんを見て、初めて熱血母ちゃんが自分のお母ちゃんであることを誇りに思った。
ちょさ
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