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思わぬ出来事(2)

 その日はあいにくの大雨で、美幸はスプリングベールの墓地に初めて行って、墓地が広大なことに気づいて戸惑った。植物園のように花畑がたくさんある中を車で走り、やっと駐車場を見つけて車に停めると、何人かのグループの人たちが葬儀場に向かうのが見えたので、彼らについて行った。葬儀場のところには、記帳のノートが用意されていたので、自分の名前と住所を書き記した。小さな葬儀場の中には、あちらこちらまばらに人が座っているのが見えた。アーサーはやり手だったから、もっとたくさんの参列者がいると思ったのに、参列者の数が少ないのは意外だった。祭壇の前には棺桶が置かれ、棺桶の上には鮮やかな赤いバラがたくさんのっていた。その時、「私も花を持ってくればよかったかな」とは思ったが、もう遅い。
 他の参列者に知った人はいないかと見まわしたが、見知った顔は一人もいなかった。ぼそぼそと人が話す声が周りで聞こえたが、美幸は一人でじっと葬儀場の椅子に座っていた。アーサーのお葬式で、昔一緒に土産物店で働いた人にも会えるかなと期待していたで、少しがっかりすると同時に、段々一人で座っているので、居心地が悪くなっていった。
 葬儀開始の11時きっかり、スーツをバシッと決めた中年のおなかが飛び出た葬儀屋のような男が前に出てきて、やっと葬儀が始まった。
「この度は、皆さん、故アーサー・キングさんのためにお集まりいただき、ありがとうございました」と言うと、アーサーの写真が正面に備えられたスクリーンに映し出された。その写真を見て、美幸は腰が抜けるほどびっくりしてしまった。写真の男は、どう考えても美幸の知っているアーサーではなかった。美幸の知っているアーサーは、面長で鷲鼻だったのに、写真の男は、丸顔で優しそうな眼が印象的な男だった。同姓同名の別人だと気づき、これは退散した方がよさそうだと思ったものの、人数も少ない葬儀の途中に抜け出すこともできない。仕方ないので葬儀の席に座り続けたが、その居心地の悪さと言ったら、このうえない。葬儀の半ばになると、開き直った気持ちになり、やっと落ち着いて、参列者の、故アーサーに関する逸話に耳を傾けることができた。
「私はアーサーの家の隣に住んでいたトム・ブラックです。アーサーは身寄りがなく、一人暮らしでしたが、気さくな人でした。僕だけでなく近所の人の相談にも、何かあると乗ってくれ、皆のために尽くしてくれました。だから、僕たちにとって、彼は家族の一員のように思えました」
いろんな人、といっても三人の人が話しているのを聞いただけだが、美幸にも故アーサー・キングの人柄が伝わってきた。皆の話をまとめると、アーサーは先週の日曜日に庭で倒れているのをトムに発見された。トムが救急車を呼んだが、間に合わなくて、心臓発作で亡くなってしまったと言うことだった。若いころは大工をしていて、退職後は皆から頼まれて、簡単な家の修繕などをして皆から重宝されていたこと。そんなことを美幸は知った。
 葬儀は45分で終わり、そのあと、モーニングティーが用意してあると言われたけれど、美幸は人に見とがめられる前に、そそくさと葬儀場を出た。
仕事から帰ってきた夫に、その日の出来事を話すと、
「同姓同名の別人だった?確かにアーサー・キングって、よくありそうな名前だものなあ。それに72歳なんて、僕たちの知っているアーサーと同じ年じゃないか」と言って苦笑いをした。

ちょさく

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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