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思わぬ出来事(最終回)

それから1か月が過ぎ、美幸は人違いの葬儀に参列したことも忘れて、いつものように近くの小さな食べ物屋でのアルバイトから帰ってきたら、知らない法律事務所から美幸宛てに手紙が届いていた。美幸は弁護士なんて、それまでお世話になったことがなかったので、何事だろうと、不安な気持ちで封を切った。すると、そこには次のようなことが書かれていた。
「ホワイト様
 先日はアーサー・キングの葬儀にご参列くださり、ありがとうございました。アーサーの遺言により、5万ドルをお送りしますので、銀行の口座番号や名義を教えください」
「5万ドル」という金額を見た時、美幸は、これは何かの詐欺に違いないと思った。でも、この手紙の差出人は、美幸がアーサーの葬儀に出席したことを知っている。なんだかよく分からない。幸い、その手紙には弁護士のメールアドレスが書かれていたので、早速弁護士にメールを送った。
「アーサーさんの遺産から5万ドルいただけるということですが、実は私は、アーサーさんに会ったことはないのです。同姓同名の知人の葬式だと思って、アーサーさんの葬儀に、誤って出たのです。ですから、アーサーさんの遺産をもらう資格はないと思いますので、5万ドル送っていただかなくても結構です」
「5万ドル送っていただかなくても結構です」と書くときは、5万ドルに少々未練が残って、胸がチクッとした。でも、知らない人のお金をもらう訳にはいかない。美幸の良心がそういって、美幸の未練を追い払った。
メールを出した翌日、すぐに返事が来た。
「ご存知かどうか知りませんが、アーサーさんには身寄りがありません。アーサーさんの遺言には、葬儀の出席者全員に、均等にアーサーさんの遺産を分けて渡してほしいと書かれていたので、弁護士として、アーサーさんの遺言を遂行するだけです。ですから、たとえ、アーサーさんを知らなくても、あなたは葬儀に出席したわけですから、もらう資格がありますし、もらっていただかなくてはこちらとしても困ります」
メールを読んだ後、「え、本当にもらっていいの?!」と、美幸は思わず叫んでいた。そしてすぐに返事を書いた。
「そういう事情でしたら、喜んで5万ドルお受け取りします。私の銀行の番号はXXXX. 口座番号はOOOOです」
それから1週間後、美幸が銀行口座を調べてみると、確かに5万ドル振り込まれていた。
 この話を美幸が同じ食堂のアルバイトをしている多恵子に話すと、多恵子は目をまん丸くして言った。
「そんなことって、あるの?」
最初半信半疑だった多恵子も、美幸の話が嘘でないことを知ると、言った。
「よし、決めた。私はこれから休日には葬式巡りをするわ。そうすれば、美幸みたいに誰かの遺産を分けてもらえるかもしれないもんね」

著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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