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香港への旅(1)

注:この小説は2017年の香港を舞台にしています。中国に統合された現在、香港の状況は違っているかもしれません。

香港の町は、私と夫のアイバンを青空で迎えてくれた。メルボルンの空港を出て8時間後、香港の空港に降り立った時、この1年間の苦労が洗い流されるような開放感を味わった。明るい空ににぎやかな街の喧騒。うきうきとした気分になり、思わずアイバンの腕に自分の腕をからませた。
 1年前アイバンが膀胱がんと診断された時、目の前が真っ暗になり、めまいがしたのを、昨日のことのように思い出す。その頃の私にとってガンと言う言葉は死亡宣告と同じような響きを持っていた。父を前立腺がん、母を子宮がんで亡くしていたからだ。去年一年間は、アイバンの手術、そして化学療法と、アイバンの治療のことだけで頭がいっぱいだった。「化学療法は結核菌を使うので、治療を受けた後は、アイバンに近づかないようにしてください」と言われた時は驚いたが、膀胱がんの通常の治療法だと医者は説明してくれた。結核菌をがん細胞にくっつけて、アイバンの免疫抗体に結核菌を攻撃させることで、がん細胞も攻撃できるのだと言うことだった。私は医学の進歩に目を見張ったものだ。アイバンは化学療法にもよく持ちこたえ、もう大丈夫ですと、医者から宣告された時は、無神論者の私も、思わず神に感謝していた。
 アイバンが体力を回復した時、私達が出会った町、香港に遊びに行こうと言うことになり、香港に来たのだ。
 アイバンとは20年前、私が日本人の会社の同僚と二人で香港旅行をしたときに、出会った。香港の町の行く先々の観光地でアイバンに会い、言葉を交わすようになったのが、二人の出会いのきっかけだった。その後文通をした後、ワーキングホリディ―ビザを取得してメルボルンに来て、本格的に付き合い始め、ワーキングビザの有効期間が過ぎる直前に、結婚した。
 香港は、アイバンと初めて会った時と比べて、かなり様変わりがしていた。小さかった空港の建物は、巨大なビルと化し、町にも新たに地下鉄が走るようになっていた。香港に来る前に、アイバンの友達から、「オクトパス」と言う、公共機関に自由に乗れるカードを買えば便利だと言われ、オクトパスを空港で購入したおかげで、電車やバスに乗って自由にいろんなところに行くことができた。誰かに聞いた話だが、この「オクトパス」を作成したのは日本の会社で、「置くとパス」と言う意味なのだそうだ。てっきり英語のタコと言う意味だと勘違いしていた私は、タコとカードがどう関係しているのか理解に苦しんだが、その説明を聞いて納得した。香港では、おいしい中華料理をたらふく食べ、買い物をして、一番の観光名所のビクトリアピークに電車に乗って登るなどして一週間をすごした後、私達は香港と隣接している中国の工業都市シェンゼンに向かった。シェンゼンに、私の高校時代の友人、桐山美紀子がいたからだ。美紀子の夫が、大手企業の支店長として、シェンゼンに赴任していたので、美紀子も一緒についてきていて、私が香港に遊びに行くと言うと、香港から橋を渡ったところがシェンゼンで、香港から行くのはそんなに時間がかからないからいらっしゃいと誘われたのだ。

ちょさ

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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