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木曜島の潜水夫(24)

1943年になったある日、トミー達が、道路の補修工事で収容所外に出た時、美しい乙女を見かけた。白い肌に長くウエーブのかかった金髪をリボンで留め、大きな青い目をした乙女が、弟と思われる少年と、道路わきを流れる川をカヌーで通った時、皆作業の手を止めて、彼女の美しさに見とれた。「天使みたいだ」と誰かが言ったが、トミーも砂漠に咲いた花のようだと思った。その乙女をその後2度ほどみかける機会があったが、皆の間で、その乙女は「天使」と呼ばれるようになって、皆のアイドルになった。もっとも、その乙女は、抑留者と一言も言葉を交わしたこともなく、本人はそんなことは知らなかっただろう。その乙女に不幸が襲ったのは、1943年12月17日のことだった。トミーは新聞に、その乙女の写真を見つけた時は、びっくりした。その記事には、次のようなことが書かれていた。
「18歳のミス・リンドがオレンジをカヌーで運んでいる途中、そのカヌーが転覆した。オレンジは川の水面いっぱいに浮かんでいるが、ミス・リンドの溺死体は見つからない。濁流にのまれたようである」
 そのニュースに驚いたトミー達元潜水夫たちは、ミス・リンドの捜索隊に加えてもらうように頼んだ。そして、トミーたちは、久しぶりに川の底に潜り探索に加わった。自分達で、天使を見つけてあげたい。そんな思いを秘めて、皆、必死に捜索にあたった。しかし遺体は容易に見つからず、捜索は、一昼夜を越えて続けられた。そして翌日の午後2時、川底に潜って探索を続けていたトミーは、ミス・リンドの死体を見つけた。トミーに抱き上げられれ、川から引き上げられ遺体は、いつものように、お化粧をし、リボンをつけた可愛い姿であった。
 「天使」が死んだ。収容所にショックが広がり、しばらくの間、悲痛な空気が漂った。
トミーは、川から引き上げた時の美しい天使の姿が、当分目に焼き付いて、忘れることができなかった。

ちょさk

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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