Logo for novels

木曜島の潜水夫(27)

1945年12月10日、トミーはヘイ収容所から解放された。12月10日はトミーの誕生日であり、ちょうど5年前に収容所と化した串本ハウスに入れられた日でもあった。何だか、不思議な因縁を感じた。
 トミーは、6人の抑留者と一緒に収容所を出て、朝8時のバスに乗って、シドニーに向かった。シドニーからは汽車に乗ってブリスベンに行った。
 トミーは、ジョセフィーンに手紙を出して、ケアンズの駅で会う約束をしていた。ジョセフィーンと子供達にやっと会えると思うと心が躍り、電車の中でも窓の外の景色を見るよりも時計を見ることのほうが多く、時間の流れの遅さにイライラした。ケアインズの駅に着いて足早に改札口に向かうと、そこに待ちわびた顔のジョセフィーンを見つけた時は、嬉しくて、改札口を飛び出ると、ジョセフィーンに走り寄って抱きしめた。トミーの腕の中のジョセフィーンはやせ細っていた。今まで太り気味だったジョセフィーンが、こんなに痩せたとは、思いもしなかった。ジョセフィーンがこの5年間、どんなに苦労をしたかと思うと、申し訳なくて思わず涙がでた。何分そうしていたのか分からない。側で、「ママ」と呼びかける小さな子供の声にはっとなり、ジョセフィーンの体を放すと、ジョセフィーンの足元にしがみついている珠代を見つけ、「大きくなったなあ」と、珠代の頭を撫ぜた。珠代が知らない人を見るような目を自分に注いでいるのが、少々寂しかった。
 「ラッセルよ」と、小さな男の子をジョセフィーンがトミーの方に押し出すと、ラッセルはジョセフィーンの体の陰に隠れてしまった。トミーはラッセルを抱き上げると、「そうか。お前がラッセルか。パパだよ」と言ってラッセルの顔を見たが、ラッセルも人見知りをしたように、顔をそむけてしまった。無理もない。5年の月日は珠代にトミーの記憶をなくさせ、アキラにとっては初めて会う知らないおじさんだったのだから。5年もの空白を取り戻すのに、時間がかかりそうだとトミーは思った。
 ひとまず、ジョセフィーン達が住んでいた、狭いベッドルームが一つしかないアパートに落ち着いた。トミーもジョセフィーンも、一刻も早く木曜島に戻って、生活の立て直しをしなくてはいけないと言う思いは同じであった。木曜島に帰れば、また潜水夫の仕事ができる。その準備に時間がかかり、久方ぶりの親子水いらずの生活は、あっと言う間にすぎた。その間、段々と子供たちの顔に笑顔が浮かび、やっとトミーに抱きついてくるようになり、トミーは、幸せを感じた。ケアンズで6週間過ごした後、トミー達は木曜島に向けて旅立った。1946年3月23日のことだった。木曜島からは359人ヘイ収容所に抑留されていたが、木曜島に戻ったのはトミーを含めて38名だけだった。トミーの友達だった城谷も、一人者で、オーストラリアに家族がいなかったため、日本に強制送還されてしまった。独身の男は、木曜島には戻れなかったのだ。

著作権所有者:久保田満里子

 

コメント

関連記事

最新記事

カレンダー

<  2024-05  >
      01 02 03 04
05 06 07 08 09 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

記事一覧

マイカテゴリー