オシドリ夫婦(2)
更新日: 2025-05-04
「話せば長くなるんだけれど…」と言うニールの次の言葉を僕は待った。「ソフィーがおかしくなったんだ」
「おかしくなったって、どういう意味だ?」
僕はソフィーに何が起こったのか知りたくて、思わず身を乗り出した。
「話せば長くなるけれどね、はじめにソフィーがおかしくなったのに気がついたのは、ゴールドコーストに家族で遊びに行ったときだったんだ。浜辺でソフィーとのんびり寝っころがって、サーフィンを楽しんでいたロッドを眺めていたんだけれど、急にソフィーが耳たぶの後ろの方を掻き始めたんだ。そして、10分くらい掻きつづけているので、どうしたんだろうとソフィーの引っかいているところを見ると、血がにじみはじめたんだ。僕が『そんなに引っかいて、どうしたんだ。血が出ているぞ』と言うと、『宇宙人が、ここから入ってこようとしているのよ』と言って、掻く手を止めようとしないんだ。悪い冗談を言うと思って、思わずソフィーの顔を見たけれど、その時のソフィーの目はすでに狂人の目に変わっていたんだ」
「ソフィーは気が狂ったのか?一体、どうして?何が原因なんだ?」
「原因?それは、今でも分からないよ。ともかくすぐに休暇を切り上げてシドニーに急遽戻って、シドニーの精神科医に連れて行ったよ。精神分裂症と診断されたんだけれど、精神安定剤くらいしかもらえなくてね、それから僕達の地獄の毎日が始まったんだよ。ソフィーは『宇宙人が襲ってくる』と言って、家中の鍵を厳重にかけて、部屋に閉じこもるようになって、僕達もどう対処していいか分からなくなったんだ。それからは、いろんな医者に連れて行ったのだが、容態は良くなるどころか悪化するばかりだったんだ。それでも気分が落ち着いているときは家事をこなしてくれていたんだ。ところがある日ソフィーの作ったスープを飲んでいると、ロッドが『これ、変な味がしない?』って言うんだ。確かにそう言われて見ればいつもとは違う味がしたんだけれど、僕はそのまま飲み続けようとすると、流しにスープを捨てに行ったロッドが急に僕のほうを振り向いて、「パパ、そのスープを飲むのはやめて!」と、叫ぶんだ。『どうして?』と聞くと、ゴミ箱から何かの空箱を取り出して見せながらロッドが、『ママはねずみ取り用の毒薬をスープに入れたんだ』と、言うんだ。その空箱はネズミ捕り用の毒薬だったんだよ。僕は信じられなくて、『そんな馬鹿なことがあるものか』と、ソフィーの顔を見ると、ソフィーはニヤッと笑ったかと思うと、『あんたたち、いつの間にか私の夫と息子に入れ替わってしまっているのを私が知らないとでも思っているの』と言うんだ。そして、『あんたたちが宇宙人だってこと、私は知っているんだから』と、叫んだかと思うと、僕をすごい顔でにらみつけたんだ。僕は背筋がぞくっとして、そのまま椅子に縛り付けられたようにしばらくは動けなかったよ」
「あんなにやさしいソフィーが、本当にそんなことを言ったのか?」
僕は思いもしない話を聞かされ、呆然としてしまった。
ちょさ
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