異母兄弟(1)
更新日: 2025-09-07
奈美は、メルボルン空港の到着口のロビーに出ると、出迎え人がいないかとキョロキョロ辺りを見回した。すると、白髪の柔和な感じの初老の白人の男が、「Welcome, Nami」と書いたプラカードを持って立っているのが目に入った。その男に近づいて、「私が奈美です」と言うと、その男は「ジョンです」と笑みを浮かべて言い、握手をした。奈美が「お出迎え、ありがとうございます」と言うと、「オーストラリアは初めてですか?」とジョンは聞いた。奈美はかすかに微笑んで、「ええ、今までオーストラリアとはご縁があるとは思えなかったので」と答えた。本当に、自分をオーストラリアと結びつけるものは何にもなかったし、関心もなかった。母親から自分の父親のことを聞くまでは。
母子家庭に一人っ子として育った奈美は、彫りが深くて色白で茶色っぽい巻き毛のため、子供のころから「外人」と同級生からはやし立てられ、いやな思いをしてきた。母親にそのことを言っても、「いいじゃない。言いたいやつには言わせておけば」と、取り合ってくれなかった。奈美が「私のお父さんって、外人だったの?」と聞こうものなら、眉間にしわを寄せて、「お父さんのことは聞かないの」と言って、取り付くしまもなかった。だから奈美はぼんやりと自分の父親は白人だったのだろうとは思っても、どこの何人かは知らずに育ってきた。それが高校を卒業した晩に、かしこまって奈美の前に座った母親から、初めて自分の父親のことを聞かされたのだ。
「もうあんたも18歳になったのだから、あんたのお父さんのことを話してあげる」と言う母親の顔は暗かった。
「ママは若い頃、バーのホステスをしていたことがあるの」
奈美は派手なつくりの母親の顔からして、そう聞いても驚かなかった。そして、そのバーの客が自分の父親だったのだろうと、すぐに想像できた。
「ある日、バーのマダムをひいきしてくれていた商社の社長さんがオーストラリアの子会社の社長さんを接待するために、うちのバーに連れてきたの。その人はウォルター・マックファーソンと言ってね、とてもハンサムな人だったわ。ウォルターも私のことをすぐに気に入ってくれて、日本に出張で来るたびに一人でバーに来るようになり、私を指名してくれるようになったわ。だから、恋人になるのには時間がかからなかったの。ウォルターはオーストラリアのメルボルンに住んでいることだけしか話してくれなかった。私は彼に首っ丈だったから、何となく彼に奥さんがいることが分かったけれど、余り追求しなかったわ。そしてあんたを妊娠したわけ。私が妊娠したと言うと、一瞬とまどった顔をしたけれど、すぐに満面の微笑を浮かべて、「よかったなあ!」て、喜んでくれたわ。そして、次の日には札束を渡して、『もう、ホステスをやめて、これで子育てに励んでくれ』って言ってくれたの。ママ、その時本当に嬉しかったわ。それからは出張の度にママのところに泊まって、親子三人水入らずで過ごせて、とても幸せだったわ。出張に来ないときでも生活費はちゃんと送ってきてくれたし。でも、その幸せは長くは続かなかったの」
奈美は母親の話を聞きながら、何となく蝶々夫人を思い出した。愛するアメリカ人の男との間に子供ができた蝶々夫人。一旦帰国して彼女のもとにアメリカから帰って来たその男は、アメリカ人の妻を同伴していたという話。ママもウォルターの奥さんと泥沼の戦いをしたのかしらと、母親の次の言葉を待った。
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