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異母兄弟(2)

お茶をゴクリと一口飲み込むと、母親は先を続けた。
「ある日、ウォルターを連れてきた商社の社長さんから電話があったの。ウォルターが死んだって。私は耳を疑ったわ。だって、元気な人だったんだもの」
母親は思い出すのがつらいのか、一瞬下を向いて涙を飲み込んだ。そしてしばらくすると気を取り直したように顔をあげて、話を続けた。
「その社長さんの話では、ウォルターはオーストラリアにも奥さんと子供が二人いて、奥さんに知れないように私との生活費を捻出するために、会社のお金を使い込んだんだそうよ。それがばれて裁判に持ち込まれて、その裁判の前の日に、ガレージで首をくくっているのを奥さんが発見したそうよ」
奈美は自分の父親が自分たちのために自殺をしたと聞いて、しらばく声がでなかった。
「それを知らせてくれた社長さんは、ウォルターが自殺をしたことに責任を感じて、私を会社に雇ったことにして、この18年間私たちの生活費を出してくれていたの」
奈美もパートくらいしか仕事をしていない母親しか見ていないので、どこから生活費が出ているのか、それまで知らなかった。
 その話を聞いて一ヵ月後、奈美が、一度メルボルンに行ってくると言い出したとき、母親は反対もせず、「ウォルターのその頃の部下だったジョン・サンダースさんに連絡してみるといいわ。ジョンさんなら何かお父さんのことを話してくれるかもしれないわ」と言ってくれた。奈美はウォルターのオーストラリアの家族にも会いたいという気持ちがあったが、その家族にとって自分は疎ましい存在だろうと考えると、連絡する気にはなれなかった。
 そういうわけで、奈美はジョン・サンダースに父親のことをきくためにメルボルンに来たのだ。
「メルボルンでは、どんなことがしたいんですか?」とジョンは聞いた。
「父の墓参りをしたいんですが、父のお墓がどこにあるか、ご存知ですか?」
「ええ、知っていますよ。ホテルに荷物を置いて、飲茶でも食べて、その後お墓に連れて行ってあげましょう」とジョンは言ってくれた。
 お昼に、メルボルンの中華街にある中華料理店で飲茶を食べながら、奈美はジョンの話に耳を傾けていた。
「ウォルターは社長としてとても有能だったんですよ。取引先でもやり手だと評判でした。もっとも部下には厳しかったけれどね」と、ジョンは苦笑いを浮かべた。
そしてジョンは突然話を止めると、入り口に突っ立っている若者に目をやって、
「やあ、キーラン。良く来てくれたね。こっちへおいでよ」と、その若者を手招きした。
奈美がその若者を見ると、若者は奈美のほうに向かってまっすぐ来た。背の高いハンサムな男だった。椅子から立ち上がったジョンは「奈美、こちらはキーラン・マクファーソン君だ」とその若者を奈美に紹介した。
「マクファーソン?」
奈美はそれを聞くとはっとして、
「もしかしたら、あなたは父の?」
ジョンが「ええ、あなたの異母兄にあたるキーラン君ですよ」と言った。

著作権所有者:久保田満里子
 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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